海月 時

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『待ってるよ。』
毎晩聴こえるささやきに、私は堕ちていく。

「本当に鈍い子。皆に置いていかれるわよ。」
幼い頃から散々聞いていた言葉。私は頭の回転も、行動するのも、字を書くのでさえも遅かった。どんなに頑張っても、どんなに先回りしようとしても、空回りして終わった。余計な事を増やすくらいなら、何もしないほうが良い。でも、何もしなければ怠惰だと叱られる。
「…疲れた。」
気付けば、そう呟く日々になっていた。

最近、変な声が聴こえる。夜な夜な宿題に取り掛かっている時の事だった。
『まだ起きてるの?』
初めて聴こえたものはそんな言葉だった。初めの頃は無視していたが、近頃は会話をするようになっていた。
『今日も夜遅くまで偉いね。』
「夜中までやらないと、皆に置いていかれるからね。」
『そっか。』
少し言葉を交わすだけの会話の終わりに、彼を決まって『無理しないでね。』と告げた。

『あれ?今日は勉強してないね。』
「うん。もう必要ないから。」
『そっか。とうとう限界が来ちゃったんだね。』
「限界は元々来てたんだと思うよ。」
『無理しないでって言ったのに。』
「…ねぇ、何で君は私に優しくしてくれたの?」
『君が僕の生前に似てたからかな。』
「君も同じ様に悩んでいたんだね。気付かなかったよ。」
『まぁ、僕はもう終わった事だから。』
「…私が死んでも、君と会えるかな?」
言葉が止まる、終わりを告げるように。でも寂しくはなかった。

『待ってるよ。君と話すために。』
彼の言葉に私は身を委ねた。不思議だね。死ぬ瞬間って宇宙空間に似てる気がする。

4/21/2025, 2:04:14 PM