君と飛び立つ
『ふっざけんじゃねーですわよ。』
右手を腰に当てて高らかに天を仰ぐ。
かつての自分なら死んですら口にしなかったような小気味のいい小汚い言葉も平気で口にするようになった。
『あーー、うめぇーー!!』
プシュ
プルタブを開ける太い指にみるも汚い指毛がふわふわとたなびくのが見えて嫌そうに片眉を上げるのにも慣れてしまった。慣れというのは恐ろしい。
腰に当てた右手に入る力と同等に左手が握る缶ビールにも力が籠る。ペコリと凹む間はまるで自分の心のようだ。
おかしい。おかしい。
かつては令嬢としてかしずかれて生きていた筈なのに。
口にするものは高価でいて洗練された料理のみ。
美しさを最も良しとし、華やかなドレスを見に纏い、
貴族としての責任と孤独に心を費やした。
悲しみを表に出すことは恥とされ、嘆きは一人で霧散させた。そんな筈だったのに。
『くぁーーー、うめーですわ!この一杯の為に労働とはあるんですのよね!たまんねぇですわ!』
グビグビと飲み干す500缶はあっという間に空になった。
夏場のビールたまんねぇ!そう口にしながら口を拭う手が臭う。
こんな姿を誰に見せられるだろうか。嘆く気持ちと謳歌していくオジサンとしての人生の天秤が揺れた。
貴族だった頃には知らなかった世界が広がる。
脂ぎったつまみに酒。酒の肴に刺身をたらふく食べる幸福に目の前が滲む。転生、最高じゃなくて?
コルセットなんてもういらない。
でっぷりとした自分の腹の肉を摘んでは涙目になる。
今だに鏡を見るのが怖い。
カップに映った醜い顔が自分だと認められない。
それでも。
2缶目のビールに太い腕が伸びる。
プシュ。
プルタブを軽快に開ける音が響く簡素なアパートは天国にも等しい。
『かー!うめー!たまんねーですわ!』
ほろ酔いの心は空を羽ばたく。
今宵も心は空に飛び立つ。
重い身体はビールを片手に夢見心地で空に舞う。
生きるとはこんなにも困難に満ちているのに
どうして私ってばこんなに晴れやかな気持ちなの。
不遇の命で終えた人生は転生して不遇のオヤジになったとしても、お供のビールを片手に持って、今日も夜空を眺める幸せに酔っていく。
『おじ転生』がめちゃくちゃ面白くてオススメし隊
8/22/2025, 4:12:36 AM