《小さな幸せ》
「なのはーな畑ーに火いーり薄れー、ってねー。豊作豊作〜」
「お、明里か。やけに上機嫌だな」
とある春の日。私、熊山明里が以前蒼戒に教えてもらった菜の花畑から菜の花を摘んで帰る途中、珍しく蒼戒に声をかけられた。
「蒼戒じゃない。こんなところでどーしたの?」
ここは桜ヶ丘の奥の方。蒼戒の家も桜ヶ丘にあるが、こことは正反対の位置だ。
「いや、暇だったんで天望公園の桜は咲いたかと思って見に来てみたところだ」
「あー、まだだったでしょ? ここら辺無駄に標高が高いから桜咲くの遅いのよねー」
「ああ。蕾が膨らんできてはいたけど」
「そうよねぇ。ま、私の家近くだし咲いたら教えてあげるから安心しなさいな」
「ああ。助かる」
「咲いたらあそこでお花見しましょうか」
「乗った。まあ時間があればだけど」
「そこは1時間くらい暇な時間を捻り出しなさい。あんたそのうち過労死するわよ?」
「しない……と思いたい」
「そこはきっぱり言い切れ。そのうちサイトウが心配して死ぬぞ」
「あいつならやりかねん……」
「それが嫌ならちゃんと休むことね。あ、そういえば菜の花いっぱいあるんだけどいる?」
「いいのか?」
蒼戒はどこか嬉しそうに言う。
「いいわよー。どーせ後からお裾分けに行こうと思ってたくらいだし」
「それじゃあありがたく。これあそこのか?」
あそこ、とは以前教えてもらった菜の花畑のことだ。
「ええ。満開だったわよ」
「だろうな。美味しそうだし」
「そうなのよねー。今夜はおひたし」
なんだかんだ、花より団子な私たち。まあ菜の花って結構美味しいからね。
「あ、そういえば天望公園にスミレが咲いてたんで摘んでみたんだがいるか?」
「え、いいの? ってかそもそもあそこにスミレなんてあったんだー!」
あそこは存在を忘れ去られた場所だから雑草まみれなのに。
「ああ。ひっそりと咲いてた。せっかくだから姉さんの仏壇に供えようかと思ったんだが……お前にやる」
「え、それもらっちゃダメじゃない?! お姉さんのお仏壇にお供えするんでしょ?!」
蒼戒のお姉さんはかなり昔に亡くなった、と言うのは割と最近知ったことだが、かと言ってお供えするお花をもらうわけには……。
「いや、菜の花を供えるからいい」
「いやいやダメでしょ!!」
「いいから受け取れ。それじゃあ、また週明け」
「え、あ、ちょっと! 蒼戒!」
蒼戒は私にスミレを押し付け、分かれ道を曲がっていってしまう。
「んもー! 仕方ない……ありがと! また週明けねー!!」
去っていく蒼戒の背中に向かってそう叫ぶが、届いているかはわからない。
そういえば菜の花もスミレも花言葉が《小さな幸せ》だったな、と思い出すのは家に帰っていいサイズのコップにスミレを生けた時のこと。
(終わり)
2025.3.28《小さな幸せ》
3/29/2025, 9:39:16 AM