雨が強くなった。
つい先程まで運良く晴れていたと思っていたところにこの雨。帰り道にある小さな商店街の、とりあえず目についたサンシェードの下に駆け込む。走ったために乱れた呼吸を整え、シャッターに背を預けては濡れた髪をかき上げ苦々しく空を見上げた。雲の動きが速いところを見ると、直にこの雨も止むだろう。ふと視界に入ったサンシェードは店先に僅かばかり伸びている程度で、随分年季が入っているのか色は日に焼け全体的に白っぽく、所々ほつれて穴も空いている。すると見上げていた頬に雨が一雫、落ちてきた。その冷たさに思わず眉をしかめ、ポケットからハンカチを取り出し濡れた頬を拭く。首の後ろも拭こうと俯いた時、スマホが鳴っていることに気付いた。鞄から取り出して画面を確認しようとした時、スマホ越しに向かい側に止まっている車が見えた。見覚えのある黒い車に、乗っているであろう人物のことを考えて無意識にため息をこぼす。
「 …もしもし 」
「 おっ、何だよそのテンションの低さは 」
スマホの向こうから聞こえてくる声は妙に明るく、少しだけ笑いを含んでいた。
「 いや、何してんだよこんなトコで 」
小さな商店街。当然道路も狭く、車はなんとかすれ違える程の幅しかない。通りは多くないとは言え、道路の半分を占拠していては迷惑になる。にも関わらずハザードランプをつけ、こうして呑気に電話をしてきているのはあの男の無神経さから来るものであった。
「 何って、雨を追っかけてきた。お前、雨男だしな 」
確かに雨にはよく降られる。小さい頃からそうだった。その事でからかわれたりイジメにあった事もあるが、この腐れ縁の幼馴染はそんな事気にもせずいつも俺を遊びに連れ出した。
「 何か用でも… 」
「 そういや朝の天気予報でところにより雨とか言ってたけどよ、ここまで来るとアレだな、お前がいるところにより雨、だな 」
突然のダジャレに顔が引き攣る。スマホからはスピーカーにせずとも笑い声が漏れ聞こえた。今すぐ切ってやりたい。一頻り笑ってから不意に車の窓が開いた。
「 悪い悪い。いや、家まで送ってやろうかと思ってこっち来てみたんだ。そしたら暗い顔で雨宿りしてるから、何かあったのかと思って 」
色の濃いサングラスを軽くずらし、こちらを伺うように見てニッと笑ってみせる。子供の頃から見てきた、悪戯っ子のようなあの笑顔。何かあった時はいつもああして笑って俺の手を引いていく。嫌なことがあった時も、失敗して落ち込んだ時も、心無い言葉に沈み込んだ時も。
「 ……別に 」
雨の中小走りに車へ向かう。後部座席に乗り込むと、バックミラーに映る満足気な目が見えた。なんだか癪だが仕方ない。いつ止むか分からない雨に付き合っていられるほど暇じゃないのだから。
「 いつまでもここに停めてたら邪魔になるし、まぁ、タクシーとして使ってやるよ 」
運転席から機嫌のいい笑い声がする。
「 オーケー、お客さんどちらまで? 」
「 家まで。ついでに何か甘い物奢れ 」
気付かないうちに口元に笑みが浮かんでいた。心の雨も、もう直に止むだろう。
3/24/2024, 5:49:15 PM