名無し

Open App

  お題 もしもタイムマシーンがあったなら

あれは夏の暑い日だった。ぼくは田んぼの脇道にいて、蝉の鳴き声がうるさく、蒸し暑かった。そんな絵に描いたような暑い夏の日に、その少女は汗ひとつかかず、ぼくを見つめて笑っていた。ぼくが彼女に気がつくと、もっと嬉しそうに笑った。その笑みは美しかったがどこか恐ろしい笑みだった。ぼくはその瞬間、〝これ〟はこの世のものじゃない。そう幼いながら思った。それにしても少女は不思議な格好をしていた。夏服の白のワンピース。赤茶の分厚いマフラー。赤茶のマフラーは乾いた血の色に見え、ぼくは恐ろしくなって、逃げ出した。走って走って走って、もう限界だと言う時に少女の声が聞こえた。楽しんでね、と。あまりの恐ろしさにぼくはこしが抜けてしまって倒れた。手の中に何か握られていることに気がついたぼくは恐る恐るその手を開く。すると切符が一枚、握られていた。そこには〜写真の中行き〜とかかれてあった。何よりそれは血文字だった。そしてぼくは過呼吸を起こした。
気がつくと病院のベットの上だった。手の中には、やっぱりあの切符が握られていた。怖かったが写真の中に入れるかもしれない道具というのが子供心に刺さったのだ。一度刺さって仕舞えばもう後戻りはできないのが子供だ。ぼくは病院の観光ポスターにそれを使った。字はあまり読めなかったが写真から海ということだけがわかり、心を惹かれてそのポスターにした。それに吸い込まれていくとそこは綺麗な海だった。海底まで透き通っていて、海藻や珊瑚も鮮やかに見えた。写真に吸い込まれると言う不思議な体験をしたのにも関わらず、ぼくは大いに楽しんだ。泳いだり、貝殻を集めたり、魚と追いかけっこしたりして。そして、問題が起こったのは、帰り道だった。あたりが赤く夕暮れが近づいてきた時、ぼくは遊び疲れてもう帰ろうか、と思い一番初めに出たところに戻った。来た時もそうだったが、なにもなかったのだ。扉も、ポスターも。そしてぼくはびしょびしょの切符を握りしめながら絶望に落ちたのだった。切符の裏にその年の間に写真の切符と唱えれば帰れるなんてことが書いてあるのも知らないで。

そして、その頃のぼくには読めなかったが、そのぼくが入ったポスターには2015年と、約8年前の日付が記してあった。そして、ぼくが来た海辺の電柱の張り紙にも、同じように2015年と。

          ✳︎✳︎✳︎

俺の親友は何かと変なやつだった。流行りのアニメやゲーム、さまざまな未来のことを言い当てる。そしてそんな親友は今日会社を休んで、海に行くそうだ。ズル休みでデートか〜?とからかうと親友は真剣な表情で、違う、と言い放った。あまりの真剣さに驚きつつ、俺は親友を見送った。
親友は翌朝、死んでいるんじゃないかというぐらい顔色を悪くして出社してきた。奴からの話によると、切符をガキに渡して、そのガキを家に帰らせたかった...らしい。意味わかんねぇよ。でも、俺はなんとなくだけど...
「意地悪なこと言っていいか?」
俺がそう口にする。返事はない。
「お前がその切符をそのガキに渡して、家に帰らせてたらお前に一生会えなかった気がする。」
「クソが....」
親友が泣きそうな声でそう言う。
「クソはどっちだよ。ズル休みしやがって。」
親友にデコピンしてやる。ズル休みの罰だ。びんっといい音。決まったな。
「クソがぁ〜〜」
親友がゆるいパンチで殴ってくる。でもその顔はさっきよりずっと顔色が良かった。

7/23/2023, 2:14:36 AM