あまり

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町のはずれ 丘の上に建つ
君のぽつんと一軒家
空にはそこだけ雨雲が浮かび
屋根の上で猫がくつろぐように
黒くとぐろを巻いている
白い格子が絶え間なく
天から地をうがち
わたしはやかましいそれを傘で避けながら
坂道をのぼった
10分ほどかけて玄関ポーチに辿りつき
息を整えながら傘をたたんで
扉を強く叩く
備え付けのインターホンは壊れていて
その横に新たにつとりけられたものも
今はただの飾りと化している
しずかに扉が開かれ
家主がひょこりと顔をだす
電池買って来たよ と
片手にたずさえた袋をかかげれば
彼女は猫のように目を細めた

いつからか この雨屋敷の家主たる彼女の頭上には
雨雲がとりつくようになって
追いやられるようにここへ移り住んでからは
外にもあまり出ていないようだ
訪れる人も今はわたしくらいのもので
彼女の生活に必要なものを買い足しては
月に何度か届けていた

先週買って来たコーヒーを彼女がいれてくれる間に
インターホンの電池や
廊下の電球をとりかえる
今どき珍しい白熱電球
LEDの冷めた色の光が
彼女はどうにもお気に召さないらしかった

用事が全て済んで
話すこともつきてしまっても
帰るとも 帰れとも言わず
コーヒーの香りの漂う部屋で
ふたりでほうけるように 雨音を聞いた
もり塩のように 部屋の四隅に置かれた除湿剤
降りやまない雨は誰の意図だろう

また来るよ と 手をふって
開いた傘の向こうで 彼女も手をふる
丘から見下ろした町は
優しいやまぶき色に照らされている
やがてわたしもその色へ染まるのを
彼女は見ているだろうか
次は花をおみやげにしよう
日だまりの色を束にして


『ところにより雨』

3/25/2023, 1:01:58 AM