汀月透子

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〈未知の交差点〉
 
 窓の外では、落ち葉が風に舞っている。十一月も終わりに近づき、日暮れがいっそう早くなった。
 放課後の教室で、僕はひとり文芸部の機関誌に載せる短編を書こうと、ノートに向かっていた。

「よう、いたいた」

 突然の声に顔を上げると、クラスで一番目立つ存在の進藤が立っていた。
 バスケ部のエース。いつも友人たちに囲まれて笑っている、僕とは正反対の世界にいる人だ。

「え、僕……?」
「佐伯、進路希望出した?」

 あまりに唐突な質問に、思わず言葉を詰まらせた。
 進藤とまともに話したのは、四月の自己紹介以来かもしれない。

「まだ……決めかねてる」
「だよな。俺も」

 意外な言葉だった。
 進藤はスポーツ推薦で私立に進むものだと、当然のように思っていた。

「実は相談があってさ」
 彼は隣の席に腰を下ろした。

「おまえ、小説とか書いてるだろ?
 文章、うまいよな」

「そんな、大したことないよ」

「嘘つけ。国語の授業で先生に褒められてたじゃん」
 進藤は少し真剣な顔をした。

「俺さ、こう見えても文章書くのがけっこう好きなんだよ。部活のブログも担当してるし。
 でも、そういうのを目指すって言ったら、周りにどう思われるかって考えると……」

 窓の外では、また落ち葉が風に吹かれていた。
 教室の灯りが、かすかに揺らめいて見える。

「僕も同じだよ」
 気づけば、そう答えていた。
「文章書くのは好きだけど、それで食べていけるのかって考えると怖くて。親も心配するし」

 進藤が、苦笑まじりにうなずいた。
「おまえもか。
 俺は親とか先輩に、バスケで大学行けって言われてる。
 でも、本当にそれでいいのかって思うと、迷うんだよな」

 二人のあいだに、初めて何かが通い合った気がした。

「なあ、おまえさ」
 進藤が真剣な眼差しを向けた。
「文章書くとき、怖くない?
 誰かに読まれるかもって思うと、自分の中身を全部さらけ出してる気がしてさ」

「怖いよ。いつも」
 僕は正直に言った。
「でも、書き終えたときの満足感とか、誰かに伝わったときの嬉しさとか……
 それがあるから、やめられないんだ」

「そうなんだよ!」
 進藤が身を乗り出す。
「俺もバスケのブログ書いてて、試合のこととか気持ちとか書くんだけど、恥ずかしいし怖いんだよな。
 でも、書くのって本当に楽しいんだ」

「うん、わかる」

「それでも、書くんだよな」

「うん」

「俺もそうなんだ」
 彼は窓の外を見つめた。

「好きで、怖くて、でも書きたい。
 だったら、それが答えなんじゃないかって思う」

 落ち葉は、まだ舞い続けていた。進路希望の提出期限まで、あと一週間。

「進藤」
 僕は初めて、彼の名前を呼んだ。
「一緒に、担任に相談してみない? 文系希望で」

 その瞬間、彼の顔に、見たことのない笑みが浮かんだ。

「マジで? じゃあ、今から行くか!」

 教室を出ると、廊下は夕暮れの薄闇に包まれていた。窓の向こうに広がる空は、灰色と紫が溶け合っている。
 職員室へ向かう廊下は長く、先が霞んで見えた。未来もきっと、こんなふうに見えないのだろう。

 けれど今、僕らは同じ方を向いている。
 それぞれ違う場所から来た二人が、偶然出会った晩秋の交差点から。

 誰かと一緒なら、暗い道でも歩いていける気がした。

10/11/2025, 3:06:21 PM