『窓から見える景色』(創作:小説)
━わたし━
お昼過ぎ、テレビで「日本人の生涯支出(一生に掛かるお金)は、平均で三億円と言われています。」と、流れたところで、わたしは、テレビを消した。
窓から見える景色を眺めながら、ぼんやりと「三億か…、わたしは今どの位使ったのかな」と、あまり実感のない考え事をしていた。
窓枠の小さなサボテン越しに見えるのは道路と道路を挟んだ前の家と、電線の這った空だけだった。電線にとまっていた鳥が飛び立つのを見て「きっと、わたしは三億も使わないかもしれないな」と、何の根拠もない結論を出したとき、“ピンポーン”とチャイムがなり、人が訪ねてきた。
━ 俺 ━
午後四時すぎ、俺が外回りから会社に戻ると、「日本人の平均生涯支出って三億円らしいよ」と、同僚たちが盛り上がっていた。
テレビの情報をそのまま話のネタにしている同僚を心の中で見下しつつ、「へえー、そうなんだー!?物知りだね。俺、そんなに使うかなー」と、相槌を打つ自分もまた同類だと自覚もしていた。世渡りとはこういう事なのだろうと思う。
そもそも、そのネタは、今日、新規契約を決めたお客様から、聞いたばかりだった。どこか影のある女性で、金の話題がなんとなく似合わなくて、契約も危うい気がしていたのだけど、何故かすんなり契約してくれた。
帰りの電車に揺られながら、いつもと変わらない窓から見える景色は、次々と流れていった。
“あの女性は、大丈夫なのかな…”
なんとなく嫌な予感がした。
高層マンションの最上階の契約だった。
━半年後━
「乾杯」
シャンパンのグラスを傾ける二人。
「やっぱり少し悪いことしないと、この景色は見られないわね」と、窓から見える景色を眺めながら女は言った。眼下には都市の美しい夜景が広がっている。
「悪い女だな。出会った時は儚げに見えたのに。俺に会社の金を横領させるなんて。」男は可笑しそうに笑った。
「そうね、生涯支出なんて聞かなければ、この景色に憧れなかったわ。一生、電線の這った空を見ていたかもね」
女は男に内緒で多額の生命保険に入れていた。
「ねえ、窓から見える景色、もっとよく見てみない?」
9/26/2023, 5:34:22 AM