こぼれたアイスクリーム
学校から一番最寄りのコンビニは正門から大通りを挟んで向かい側に位置している。平日は当たり前にこの大学に通う学生で賑わっていて、店員もこのあたりに下宿している大学生であることが多いから、この学校で経営が持っていると言っても過言ではない。4限までの空き時間、空き教室で課題を進めていた時のこと。自分が終わらせた課題をあちらが写させているだけで、こちらは適当に携帯を見たり雑談をしてちょっかいをかけているだけなのだけれど。文字数の多いレポート課題を前にして彼は大きくため息をついた。そして、勢いよくパソコンを閉じたと思ったら、「アイス食べたい!コンビニ行こ!」なんて言い出したからこの蒸し暑い中外に出た。何食べようかなーなんて音符がつきそうな言葉を並べてアイスコーナーに向かう彼。彼が犬なら間違いなく尻尾を振っているだろう。想像上のもふもふの尻尾を横目に、自分もコーヒーでも買うかなぁなんて思ったけどコーヒーの機械の前におそらく同じ大学の学生が列を作っていたから諦めた。
「ねぇねぇ、こん中だと何食べたい?」
自分のらしい甘ったるい棒付きアイスを確保した彼はそう言って満面の笑みで聞いてきた。どうやらお気に入りのアイスを見つけてご機嫌らしい。自分はアイスを買うつもりなんて特に無かったけど、外の暑さを考えると確かに食べたくなってくる。
「んー…これかな。」
二人で割って食べる用のコーヒー味のアイス。コーヒー飲み損ねたのを若干引きずってるチョイスに自分でも苦笑しつつ、まぁ食べたいけど買うほどでもないかーなんて考える。
「うわ!それいいよね。好き。」
「そっちはそれにしたん?」
「うん。これ本当においしいの!」
そう言ってうれしそうに笑う彼の頭を撫でて、先に入り口付近で待つことにした。灼熱の外に出て待つほどのタフさは無いから、適当な雑誌のラインナップを見て時間をつぶす。
「お待たせ!」
そう言って爽やかに現れた彼の手元には二つのアイス。これが美味しいんだと熱弁していたお気に入りのミルク味の棒付きアイスと、さっき自分が指差したアイスだ。まさか2個も買うとは思わなかった。だってさっきの昼休み、食堂で定食とうどん両方食べてたじゃん。なんなら2限の前には他のやつが持ってきてたスナックパン一本貰ってたし、講義中は眠そうにしながらもちもちしたグミを平らげていた。普段、自分がよく食べることを褒めると、「そんな食べてねえし!普通だもん。」とぷりぷり怒ってるけどさすがに食べ過ぎじゃないか。自分よりも一回りも小さいこの体のどこに収納されるのかと不思議に思いながら、彼の頭に手を置く。
「ほんまによう食べるな。」
「え、ちがうって!これはそっちにあげるために買ったの!」
「え?なんで?」
「…レポート見せてくれたのと、いつものお礼。」
そう言って少し照れたように俯く彼がかわいかったのと、予想外のプレゼントに嬉しくなって頭の上に置いていた手をわしゃわしゃと動かす。
「ありがとうな。大事に食べるわ。」
「どういたしまして。ねぇ、髪の毛ボサボサなんだけど…」
ムッとしたような声色で頭を振るが、その短い髪は赤くなった耳を隠せていない。近すぎると言われる距離感も、甘すぎると言われる自分の態度も、全ては手を置きやすい位置にある頭と、本気で嫌がってくれない従順さと、そして何をも凌駕するかわいさのせいだ。アイスを受け取り、二人で大学へ戻る。もわっとする暑さの中、大通りの信号が青になるまでの長い時間を適当な話をして笑い合う。そして、やっと学校に着いた頃、「アイスやばそうかも。」なんて言い出したから二人して急いで包装を開ける。自分の方は若干柔らかい感触だけどまだマシそうで、あっちのミルクアイスは結構どろどろで溶けかけていた。
「ぎゃー!やばい。」
なんて騒ぎながら齧り付くさまを笑いながら見届ける。食べ歩きはお行儀が悪いが今だけは緊急事態だし許してあげてほしい。
「あー!こぼれた。」
そう言って手から垂れたアイスはぽたりと地面に落ちた。彼は悲しそうに地面の白い水滴を見つめる。想像の中で犬耳がしょんぼりと垂れているのが見えた。あまり味わえずに食べ終えたことも悔しいらしく棒だけになったものとベタベタの包装のビニールをそこらへんのゴミ箱に雑に突っ込んでいた。ポケットから除菌ティッシュを取り出して彼に渡し、もう一枚出して床のアイスの水滴を拭き取る。
「一個あげるからもう落ち込まんといて?ほら、食べよ。」
二つに割った一つ、どっちかというと柔らかくない方を渡す。すると、彼は自分の大好きな笑顔を取り戻して大きく頷いた。アイスが大好きな犬は今日も自分の隣で尻尾を振っている。あぁ、幸せだ。
8/12/2025, 11:00:07 AM