『好きな人が出来たんだ』
なんの前触れもなく伝えられたその言葉は凶器のように鋭く俺の胸を刺した。頭を殴られたような鈍い痛みが走り、全身が逆立って嫌な汗が噴き出る。
『えっと…冗談?やめろよエイプリルフールはまだ先だろ。』
そう言えばきっとお前は、はは。バレた?なんておどけて俺のほっぺをツン、と刺すに違いない。でもお前は虚な目で、はぁ…と小さなため息をついて黙り込んでしまった。
その態度は、これが嘘なんかじゃないっていう現実を嫌というほど突きつける。
『なんで…』
もう既に溜まった熱い水が今にも目からこぼれ落ちそうでそう言うのが精一杯だった。
『もう新居の目処はついたんだ。今までありがとう。』
そう言うと、お前は私物をテキパキと片付け始めた。元々、物欲もなく物を持たないタイプだ。旅行用に買った大きめな黒いスーツケースに収まる程の荷物はあっという間に片付いた。
その様をただ見ていることしかできなかった。体からすーっと血の気が引いて目の前がぐらぐらする。立っているのもやっとで少し気を抜いたら倒れ込んでしまいそうなくらいだった。
そして、玄関の前まで行ったお前はゆっくりと振り返り、さようならと言うと足早に出ていってしまった。
頭が殴られたようにズキズキと痛む。何を言われたのか。さようなら、その言葉がどんな意味を指すのか理解する事ができず、ただただお前が出ていった扉を見つめていた。
12/3/2023, 3:14:30 PM