夜空を超えて。
河川敷に立つと、夜の風がゆっくり頬をなでた。
街の灯りが川面に揺れて、星よりも先に光っている。
君は空を見上げて、少し肩をすくめた。
「星、ほとんど見えないね。雲、多いからかな」
僕も同じ方向に視線を向けた。
確かに空は厚い雲に覆われていたけれど、それよりも、君の横顔の方がよく見えていた。
「ねぇ」
君がポケットに手を入れながら言う。
「もしさ、私がどこかで迷って、誰にも見つからなくなったら……どうする?」
冗談にも本音にも聞こえる、不思議な問いだった。
少し吹いた風が草を揺らす。僕はその音が止むのを待ち、静かに答えた。
「探しに行くよ。どんな場所にいても」
「たとえ暗闇に紛れても、きっと見つけると思う」
君は驚いたようにこちらを向いた。
その視線が触れた瞬間、夜の冷たさが少しだけ薄れた気がした。
「どうしてそんなに言い切れるの?」
僕は迷いの消えた声で続けた。
「君は僕にとっての一番星なんだよ。
空が曇ってても、他の光が全部消えても、君だけは分かる。
ずっと、導くみたいに光ってたから」
その瞬間――
君の頬に雫が流れて、冬の名残りが残る季節なのに、僕には春の暖かい気配がした。
そして、僕の中に何かがやわらかくほどけた。
君は俯いて、足もとを見つめた。
「そんなふうに思われてたなんて……知らなかった」
僕は一歩近づき、声を落とした。
「君がそこにいるってことだけが大事なんだ。
これからは……同じ方向を見て歩けたら、嬉しい」
雲の切れ間からこぼれた光が、君の瞳を淡く照らす。
君は少しだけ笑った。
「あなたがそう言うなら、迷う理由なんてないよ。
ずっと……あなたの光を追いかけてきたんだから。
これからは、隣で見ていてもいい?」
胸に広がる温度が、風よりも確かだった。
僕は静かにうなずいた。
夜空に星はほとんどなかったけれど、
二人の影は寄り添い、見えない光の方へ同じ歩幅で進み始めた。
12/11/2025, 1:48:47 PM