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定年後の趣味である詰み将棋をしていると、部屋に妻が入ってきた。
「踊りませんか?」
「分かった」
妻の突然のお願いに、自分は即答する。
妻は踊るのが好きで、よくこうして誘ってくる。
「今日は月が出て明るいから庭でやろうか」
そう言うと妻が頷く。

庭に出ると、いつものように体を寄せる。
頬と頬が近くなり、相手の呼吸の音が聞こえるほど密着する。
いわゆるチークダンスである。
特に合図もなく、体を揺らす。
音楽はなく、強いて言えば虫の声に合わせて踊る。
踊る間は会話はしないのが暗黙のルール。

しばらくして、自然と離れる。
ダンスは終わりである。
家に戻るため、玄関の扉を開ける。
玄関に戻ると、自分から会話を始めるののも暗黙のルールだ。
「何かいいことあったか?」
すると妻は驚いた顔をした。
「よく分かりましたね。ええ、育てていた花が咲きました」
「お前のことなら何でもわかるさ。見に行ってもいいか」
「ええ、いいですよ」
靴を脱ぎ、そのまま妻の部屋に向かう。
「しかし、お前は本当に踊るのが好きだな」
何気なく言うと妻は驚いた顔をした。
「あらやだ、私のこと何にも知らないのね」
今度は自分が驚く番だった。
「好きじゃないのか」
思わずそう言うと、妻はイタズラが成功したような顔をして言った。
「踊るのが好きじゃないの。あなたと踊るのが好きなのよ」

10/4/2023, 12:46:35 PM