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「なあ、俺たちって将来、どうなってると思う?」

 教室の席で進路希望を記入するプリントを前に唸っている私に、隣の席の彼は声を掛けてきた。入学してから3年間同じクラスで、そこそこ仲のいいやつではある。しかし進路に悩みすぎてプリントを提出し損ねた私に、なんて質問をするんだ、と恨めしげに視線を向けた。
「ねえ、今、私が何やってるか分かる?」
「進路希望を書いてるな。真っ白だけど」
「そう! 真っ白だよ、真っ白! それなのに将来どうなってるかなんて分かんないじゃん!」
「そんな怒んなって、焦ってるのは分かったから。なんかやりたい事とかないの?」
「やりたいこと〜、って言われてもさぁ」
 やりたいこと、で考えると将来なりたいものはたくさん思い浮かぶ。漫画家、小説家、ピアニスト、作曲家、学校の先生もいいかな、後はその他諸々。しかしどれを取っても、その職業で生活ができるのか? という壁が乗り越えられない。仕事には安定した収入が付き物。悲しいかな、私のような安定志向の持ち主は、将来の選択肢がぐっと狭まるのだ。そうして、候補として生き残った選択肢の中に、私の「やりたいこと」はない。
「ないよ、やりたい事なんて。てか働きたくない」
「あ〜、お前らしいな。……あ、働きたくないなら進路希望は『お嫁さん』でどうよ?」
「いやいやいやいや……」
 悪戯が成功したとばかりにニヤついている彼に、若干呆れる。子供じゃないんだから、さすがにそれはないわ。それに今時、お嫁さんになったところで結局は働かないと収入厳しいでしょうが。いや、それより何より。
「ていうか、お嫁さんになるにしても、相手誰よ? 今まで彼氏とかいた事ないのに」
 今後パートナーができるなんて、我ながら自信がないんだけど。と非難の目をやつに向けると、途端に真剣な表情になる。
「う〜ん、俺?」
「いやいやいやいや……冗談やめてよ」
 そんなそぶりなかったじゃん。と若干本気で否定してしまった。焦った私を見た彼は、「あ〜、速攻でバレちった」と苦笑いしていた。変な話題になんとなく気恥ずかしくなって、無理矢理に話題を変えた。
「そういえば、あんたは進路希望に何書いたの?」
「俺、ミュージシャン! バンドやってみたら意外にハマっちゃってさぁ」
「はー?? 何でそんなの軽々しく書いてんの! 意味分かんないっ!」
 私はぐだぐだと悩んでいるってのに!



「ってことをさあ、高校生の時に今の旦那と話してたわけ。まさか本当に超人気バンドのギターボーカルになるなんてね」
「ちょっと先生、締め切り近いのにネーム真っ白だからって、現実逃避しないでくださいよ! ほらペン持って、手動かして、手!」
「はいはーい」


『未来』
 なんて、誰にも分からないんだよ

6/18/2024, 5:19:38 AM