彼女と僕を引き逢わせたのは、劣等感だと確かに思う。わいわい、がやがや賑わうファミリーレストラン。味のしないフォカッチャを、作業のように口に押し込む。彼女は温かい料理を、丁寧に丁寧に口に運ぶ。食べ終わるまで一時間近くも掛かることだってざらな僕と違って、彼女は一切の無駄なく食事を終わらせる。今の時点で、僕は半分も食べ終わっていない。それなのに、彼女はもう十分もあれば無くなるような量しか皿に残っていなかった。
「それで、最近は何しているの」
彼女は僕にそう言った。僕は手を止めて、ゆっくり口の中の食べ物を飲み込んだ。
「なんてこと、ないよ」
そう答えた僕を、彼女は怪訝そうな目で見た。この目を見るのは、大晦日にダウトをやって以来だ。
「弱ってるみたいね」
学生のくせに、彼女の言葉の端々にはその言葉が透けて見えた。何も悩むことなんてないだろう、働かなくても奨学金があれば死なないんだから。君は昔から、人並みに生きることのできる才があったでしょ。
それとも何、君は〈人並みに生きる〉つもりじゃないの。彼女のしなやかで無駄な肉のない手指が、そう言っている気がした。
「最近は太ってきちゃって、調子出ないや」
僕は馬鹿みたいにへらりと笑う。どこかで、不眠のストレスを紛らわすために吸っているシーシャの匂いが。不満も、不平も、個性ですら洗い流すためのコーヒーの匂いが。食欲なんてないのに、生きるために買った安い牛丼の香りがした。或いは鼻の奥に焼き付いた万年筆のインクの香りが、流れる水のように形を変えたものだったのかもしれない。
彼女はもう、何も言わなかった。
僕ももう、これ以上軽口は叩けない。
彼女は僕よりずっと優れていて、僕は劣ってる。幾ら言葉を重ねても、彼女に触れようと手を伸ばしても。僕が彼女みたいになれる、その時はきっと何光年も先だと知ってたから。
「……暗くなる前に帰ろうか」
「そうしたほうがいいよ」
夜の帳に包まれて、ガムシロップみたいに甘い夢を視よう。愛する君の手指を口に含んで、君の匂いがしないベッドに寝転ぼう。そうして朝になったら、君に怒られる恐怖を鞭に起き上がる。そんな作業を、しよう。君の存在を胸に押し込んで。
7/13/2023, 1:47:12 PM