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私の身体の中には、宝箱がある──。


沢山の物ではち切れそうになっている袋を両手で抱え、螺旋階段を降りていく。

一段一段慎重に階段を降りていくと、白で統一された円形ホールが現れた。

だだっ広い円形ホールの中央には、オーソドックスな形をした宝箱と、そのそばに座る──

「やっほー」

灰色のスカートの少女が、【三日月少年漂流記/著者:長野まゆみ】の文庫本を持ちながら、手を振っていた。


螺旋階段を降りきった先は、ホールの中央から少し離れている。
少女は文庫本をスカートのポケットに入れると、ゆるい空気を纏いながら私の方に向かって歩いてきた。

「随分な大荷物だね。全部宝箱に入れるの?」

私の持つ袋の大きさに驚いているのか、目をまん丸にしている。

「うん。一度にこんなに入れるのは、人生初だよ。
手伝ってくれる?」

「はいよ〜」

少女はゆるい返事をすると袋を持つ──のではなく、興味津々といった様子で私が持つ袋の中を覗いた。

好奇心は相変わらず健在のようだ。

「随分あるけど、これってチェックした?」

「あのね、そのルールを忘れるほどボケちゃいないよ。ちゃんと確認済みです!」

「はいはい、わかりました。大きな声出さないで、宝箱開けるの手伝うから。…って、ちょっと待って!一、二、三…えっ、十くらいあるじゃん!本当、過去に例を見ない多さだね」

袋の中に入っているものを一つ取り出した少女は──次の瞬間、嬉しそうに笑いはじめた。
どうやら、私が持ってきた物に尊さを悟ったらしい。

「もしかしたら、まだ増えるかもしれないよ」

笑いながら声をかけると、少女は目を大きく見開いた。

「これ以上!?大切に出来るのは限りがあるからって作った宝箱なのに、増やして大丈夫?」

宝箱には、自身が好きなモノの中から更に選んだ
「生涯何があろうと大切にする」と決めたものだけが入っている。
例えば、家族・友達・好きな音楽・好きな本…。
自身を形づくる大切なものがそこにはある。

「大丈夫だよ。それに、この宝箱を作った大元の理由は違うでしょう?」

「あー、確かに…」

あれは幼少期の頃。
コロコロと意見を変える親に振り回された私が、意地になって作ったのがこの宝箱だ。
その為、一度好きになったら余程の事がない限り好きで居続けるという──幼少期の頃の強い誓いが宝箱には宿っている。

「一度宝箱に入れたら、その時の【好き】という思いだけが強く残る。だからこそ頑固なまでの一途さで、ずっと対象を好きで居続ける──反面教師の親から
学んだこと、だからね」

ポツリと私が呟くと、しんみりとした空気になってしまった。
その気まずさを誤魔化すかのように、少女が明るい声を出す。

「ところでさ。最近、宝箱に入ってる宝物の一つが
やたらと輝いてるんだけど?」

やたらと輝いている、一つの宝物──。
思い当たるのは、一つしかない。

「うーん。最近、その宝物について四六時中考えているからかな。何かが共鳴して、光っているのかも?」

「宝箱の隙間からめっちゃ光漏れてるよ。見てみて」

少女が指さす宝箱に目を向けると、先程は気づかなかったが、蓋の隙間から光が漏れているのが見える。

「新しい宝物を入れるついでに、点検もしてね」

「はいはい」

大切な宝物が入った袋を抱え、二人で宝箱へ向かってみると、面白いことに気がついた。
宝箱との距離が近づくにつれ、宝箱から漏れ出る光がどんどん強くなっていく。
宝箱の側に着く頃には、宝箱の隙間からも光が漏れ、周囲に黄金色の光を振りまくほどになっていた。

「うっわ、さっきよりめっちゃ眩しい。目がやられ
ちゃいそう」

眩しい光に目を細めながら、少女が軽口を叩く。
確かに眩しい。
夕日や朝日のそれと似た光だ。
ジッと見ていたら目が焼かれてしまうかもしれない。

「取り敢えず開けるから、目ぇ瞑った方が良いと思うよ。それじゃ、行くよ。せーのっ!」

少女のかけ声と同時に重たい蓋が開く音がし───

辺り一面が真っ白に染まった。

慌てて目を瞑ったにも関わらず、激しい光が瞼の上で躍る。

チカチカする目を瞬かせ光が収まるの待つが、なかなか収まらない。
宝物が入った袋を顔の前に掲げ、袋の影から恐る恐る宝物を伺う。

目が焼かれないように細心の注意をはらいながら、懸命に目を凝らすと──
沢山の宝に混じりながら黄金色の輝きを放つ宝物がそこにはあった。


「これって、あの子が見つけて入れた、宝物…だよね」

眩しさに目が慣れたのだろうか、黄金色に輝く宝物の前にしゃがみながら、少女がポツリと呟く。

あの子──紺色のスカートをはためかせ、鋭い眼差しでいつもどこか遠くを見ていた彼女の姿が脳裏に浮かぶ。
そして、紺色の花に還っていった姿も──。

少女も彼女のことを思い出しているのだろうか、その顔には寂しさが滲んでいる。

「そう。宝物を守りたい一心で“青い花“となり…
“紺の花“へと還っていった──あの子が昔に入れた宝物だよ。確か、当時18歳。それからずーっと、この宝物はここにある。好きなものの中でも特別なものしか入れない、この宝箱の中に…」

煌々と輝く宝物を見ていると、当時の自分の思いが蘇ってくる。

生涯何があろうと守ると誓いながら宝箱に入れた──あの時の思いが。

だから、彼女は──。

「あの子が居なければ、この宝物はここに無かったかもしれないんだよね」

少女は、泣きそうな顔で小さく笑みを作った。
その顔は、悲しみに打ちひしがれたものではなく物事の意味を咀嚼し受け入れようとする者の顔だった。

「そうだよ。あの子がいなければ今の私ではない。そして、君がいなければあの子も居ないし、私も居ない」

過去なくして、今の私たり得ない。
何かが一つでも欠けていたら、今の私ではないのだ。


私は、持っていた袋から宝物を取り出し、黄金色の輝きを放つ宝物の側に置いた。

一つ一つ大切に、丁寧に。

感謝を込めながら。

一つ入れる毎に、宝箱の中に色が増えていく。

黄金色の光の側に置かれた宝物たちは、どれも狂おしいほどに愛おしい色をしている。

「ねぇ、その黄金色の宝物は今でも好き?」

少女が静かに尋ねてくる。
その言葉には、真摯な響きがある。
求められるのは、素直な気持ちだ。

だから──

「好きだよ。この宝物を入れた時から変わらず、
ずっと──」

やわらかな笑みを浮かべながら、少女へ視線を向けると──少女は硬い声を出した。

「私も、還るべきなのかな?」

少女の目がまっすぐ見つめてくる。
色々考えた末の結論なのだろう。
その覚悟は十二分に伝わってくる。
けれど──。

「ごめんね、私はそれを望まないよ」

「っ何で?」

「何故なら、私にとって創作の原動力はいつも君だから。何をするのも楽しくて、好奇心も旺盛で、人と比べるのではなく、自分自身と比べる大切さを知っている──青い心の源を持つ君だから。だから君には、
あの祝福を渡したんだよ。


想像の羽は、無尽蔵。

果てない興味が尽きるまで、
その命が続く限りまで、
何処までも歩いていきなさい。
「遠い」も「近い」も無く、
貴方は自由だ。


自由な心で全てを楽しもうとするけれど、知らないことや未知に対して気弱になってしまう──そんな大人になってしまった私にとって、好奇心の塊である君は必要なんだ」


私の言葉に少女は、「だから、【言葉は有効】…?」と呟いた。それはある漫画の中に出てくる台詞だ。

「そうだよ。【有効】の同音異義語はね、【友好】。言葉は有効であり、友好にも繋がるんだよ」

少女の隣に座り、目線を合わせる。
少女は、はにかんだ笑みを浮かべた。


想像の羽は、無尽蔵。

果てない興味が尽きるまで、
その命が続く限りまで、
さあ、自由な心で、

創造しよう

人生を──


出会った宝物を

その身に宿し

進もう

未来へ──

────────────────────────
鋭い眼差し


〜おまけ〜

「…ところで、GAMMA RAYのブックレットに書かれていたカイ・ハンセンの言葉は役に立った?」

少女が好んで聴いていたアルバムのブックレットの事だ。悩み事の解決に一役買ってくれた、影の役者でもある。

「うん、とっても」

「えへへ、それは良かった。【感情的なガンマレイ】は、一撃必殺の技名にもなっているからね。上手くいくって信じてたよ」

そう言うと、少女は無邪気に笑うのだった。

10/15/2024, 1:00:25 PM