名無しの夜

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「もしも最後の食事になるなら、これかなぁ」

 あぁ美味しい、といいながら彼女はたこ焼きを頬張る。

 こないだは、おでんだったなと彼は思う。
 その前は何だったかな。

「例えば本当に、明日が最後の食事になるとしてさ。
 今食べた物を明日も食べたいって、なる?」

 しばらく食べてない物が欲しくなるんじゃないの、と彼は問う。

「うーん、確かにそうかもだけど」

 彼女は一つ箸で取ったたこ焼きにフーフーと息を吹きかけながら考える。

「でもね。このたこ焼きだってすごく美味しいけれど、今二皿目を食べようとは思わないのね。
 食べたいけれど、途中でお腹いっぱいになって食べきれないだろうから。

 だから私は、今日一皿食べてとっても満足だけれど、満足しきっているわけではないの」

 たこ焼きを口に放り込み、あつあつ! と彼女は忙しなく口の中を手の平で扇ぐ。

 彼はペットボトルのお茶を差し出すが、彼女は大丈夫、と手を振った。

「えぇと、つまり。満足しきってないから、最後になるならもう一皿食べておきたい、ということ?」

「うん、そう! そういうこと!」

 パン、と手を鳴らして彼女は何度も頷く。

 なるほどねぇ、と彼は笑みをもらした。


 ……最後の食事なんて何でもいいけど、と彼は思う。

 もしも——明日世界が終わるなら。

 食べ歩きが好きな彼女に合わせて。

 家でゆっくり過ごしたいという望みは叶わないだろうな、と彼は胸の中で呟いた。

5/7/2024, 6:44:12 AM