「3月14日付近に『安らかな瞳』があったわ」
当時も相当四苦八苦したわな。某所在住物書きは過去を思い出し、遠くを見た。
「あのときも、サッパリイメージ湧かなくてさ。そもそも『安らかな瞳』ってどんな瞳よって。鏡見てそれっぽい目しようとしたの。
バチクソなアホ面で無事轟沈したわな」
どうせ今回も爆笑して敗北して崩れるぜ。物書きはカードミラーを手繰り、『澄んだ瞳』を再現しようとして……
――――――
澄んだ瞳が虚ろに曇り、仲間の尽力で輝きを取り戻す。闇落ちからの光復帰がヘキな物書きが、ありふれた、こんなおはなしを閃いたようです。
年号がまだ、平成だった頃の都内某所。13年ほど前の春から始まるおはなしです。
このおはなしの主人公、宇曽野という名前ですが、某バスターミナルのあたりを散歩していたところ、高速バスから、自分より少し若いくらいの20代が降りてくるのを見かけました。
「来た、東京だ!暖かいなぁ!」
大きなキャリーケースと、小さな地図を片手に、少々残念な曇り空を見上げて、それはそれは澄んだ瞳を、綺麗な瞳を輝かせていました。
地方出身者だ。宇曽野はすぐ気が付きました。
「すいません!物を知らないので、聞くのですが、」
地図を見せて、宇曽野に道を聞く言い回しが、抑揚が、東京のそれと違ったからです。
「この地図の、ここに、行きたいんです。どこのどれに乗れば良いか、サッパリ分からなくて」
東京に出てきたばかりの、都会の人とシステムを知らぬ瞳のひとは、自分の新居たるアパートへの道が分からない様子。
宇曽野は興味半分親切四半分で、丁寧に案内してやりました。
数ヶ月後の晩夏、宇曽野は自分の職場の窓口で、再度その20代と出会いました。
「あなたは、あのときの」
20代は、ブシヤマ、「附子山」と名乗りました。
春にキラリ輝き澄んでいた瞳は、早速「東京」と「田舎」の違いに揉まれ、擦られ、疲れてしまったようで、ほんの少し、くすみ曇って見えました。
「ここに勤めてらしたんですね。あのときは、お世話になりました」
用事を済ませてすぐ帰ろうとする附子山に、宇曽野は「まぁ元気出せ」の意味で、ノベルティを2個ほどくれてやりました。
二度あることは三度ある、とはよく言ったもので、
数ヶ月後の冬の頃、宇曽野は自宅近くの喫茶店で附子山を見つけました。
「宇曽野さん……?」
テーブルの上には転職雑誌。附子山の瞳は最初に比べて、ずっと、ずっとくすんで曇ってしまって、光がわずかに残るばかり。
あぁ。「染まってきた」な。宇曽野は見頃過ぎた桜を眺める心地でした。
そして少し話を聞いてやり、ついでにほんのちょっとだけ、附子山を気にかけてやることにしました。
これが宇曽野と附子山の、友達としての最初の日となりました。
それから附子山は諸事情で「藤森」と名字を変え、なんやかんやで宇曽野の職場に転職し、
宇曽野はそんな「藤森」と、時に語り合い、時に笑い合い、時にたかが冷蔵庫のプリンひとつでポコポコ大喧嘩をしたりしました。
おかげで藤森、今では東京での生き方をよく覚え、曇った瞳が少しずつ、輝きを取り戻してきましたが、
要するに現在どんなことになっているかは、過去投稿分7月29日や同月15日、6日あたりを参照いただくということで、ひとつ。
おしまい、おしまい。
7/30/2023, 1:41:51 PM