一人でいることのメリットは、何だろうか。
他人への気遣いが不要なこと。
自分のやりたいことや、好きなタイミングを選べること。
興味本位が出来ること。
大体の事柄の責任が自己完結すること。
そんな事を頭の中でつらつらあげていると、中学生時代の一人散歩の思い出が浮かんできた。
最近の私はどうも、過去の記憶に惹かれやすい。
「それはきっと、ノスタルジーな夏だから」と意味もなくカッコつけて言いたいところだが、ノスタルジーが消し飛び、エモさも消し炭になる、ここ最近の酷暑は一体何なのだろうか。昔の風情ある夏を見習ってほしい。…けれど、清少納言の「夏は夜…」も京都の暑さがヤバすぎて、日中はマジ無理すぎるからという解釈が出回っていたような…。大昔も「夏は無理」だったのだろうか。
…脱線した。
過去の出来事にフォーカスがいくのは、興味の矢尻が過去を指しているからとでも思っておこう。
一人散歩は、中学一年と二年の十一月にしていた。
十一月にしていた理由は、
一つ、涼しい。
二つ、大きな試験や行事が無かったから。(文化祭が無い学校だった)
休日の早い時間に起きて、尚且つ気分が良い時にだけ一人散歩をしていた。
携帯電話を持っていない年齢だったが、親には「ちょっと出かけてくる」とだけ言って、少ない小遣いを持っていけば何も問題はなかった。
ちょっと出かけてくる──そう言って、向かう先は片道9キロの隣町。道中、興味本位で横道にそれたりすることもある為、だいたい2時間〜3時間の道のりだ。
地図も使わず、勘だけを頼りに歩いていく。
住宅街を友達の家に向かうフリをして歩き、車の通りが多い割に建物がないだだっ広い大通りは、大通り唯一のコンビニへ向かうフリをする。子供の一人歩きと思われないように、その場その場に合わせた行動を心がけていた。心の中はいつも「地元の子ですが、何か?」である。
9キロの道のりの中には、心惹かれるものが多くあった。
夕暮れ時に見ると美しい麦畑。涼しい木陰の小道。変わりどころでは、高速道路の入口などもあった。
勿論、高速道路へ進入することはないが、眼下に走る車の行く先に興味の目を向けたことは、一度や二度では足りない。
車があれば、東京まで行けてしまう道なのだから。
「大人になれば東京に行くのだろうか」
そんな事を呟き、真っすぐ伸びる道路の先に、未来の道があると信じていた。
一人散歩は、ブラブラ歩くだけが目的ではない。
散歩が持つ本来の目的は、地元にない本と巡り合う為である。
隣町には、無名の小型書店と個人経営の古本屋が数軒あった。
地域密着型の小型から中型の書店には、それぞれカラーがある。店主の好みや地域の年齢層などによって、大型書店とは取り扱う本が違ったりする。その為、古本屋に置かれた本のラインナップも普段目にしないものがあったりする。
地元から少し離れただけで、珍しい本と出会えることは少なくないのだ。
お小遣いが少ない私にとって、こういった古本屋はまだ見ぬ未知の本との出会いの場だった。
本屋を一通り楽しみ、財布に余裕がある時は、公衆電話に十円を入れて、家に電話をかける。
「今、〇〇駅にいるよ。今から帰るね」
電話を受けた母親は「出かけるっていうから近所かと思ったのに、何でそんなところにいるの」と笑っている。
自宅の最寄り駅と隣町は路線で結ばれておらず、電車を使うならば遠回りすることになる。
その為、隣町は車で行く場所であった。
電話の終わり際「気を付けて帰っておいで」と言ってくれる。
帰りも勿論歩きだ。
帰りの目印はいつも、某市にあるマンション。
それが見えている限り帰れる自信があった。
秋の日暮れはつるべ落としというが、本当に日が暮れるのが早かった。
早く帰らなくてはいけないのに、帰り道の半ば、夕暮れ時にだけ見れる絶景があった。
それは、9キロの道のりの半ばにある麦畑。
地平線の彼方にたなびく紫の雲に、黄金色の夕日。黄昏時の麦畑は、黄金の海に姿を変えていた。
風が吹くたびに、音を立てて黄金のさざ波がたつ。
金色に染まる景色の中で、夕日が沈んでいく。
その見事な輝きと、筆舌に尽くし難い金と紫の絶景に、私は何度息を呑み立ち尽くしただろうか。
何時までも見ていたい景色だが、黄金の元では黒い影が長く伸び、迫りくる夜をその内に隠している。
見惚れている内に、街灯に明かりが灯り始めた。
夕日が姿を消してしまうと、紫から藍の空に変わり、いつの間にか星が瞬き始める。
美味しそうな夕飯の香りがする住宅地をいくつも抜ける時、思っていたことがある。
「帰る場所があるから、遠くに行けるんだ」
一人散歩のメリットは、
自分の気持ちに素直に歩けることと、大切な何かを悟れることだと私は思っている。
だから、一人でいたいと思う時は、大人になった今も一人散歩をするようにしている。
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だから、一人でいたい
7/31/2024, 2:07:09 PM