木曽駒ヶ岳に登山した。
見上げる先には山頂と、抜けるような青空。
既に登頂した青い体操服に身を包んだ同級生たちが列を連なって下山し始めている。
「気持ち良い景色だなぁ」
隣に並んだクラス担任が同意を求めるように私に話しかけた。
「はい」
「体調は変わりないか?」
「全然大丈夫です!」
私はガッツポーズを作った。
登山前の千畳敷カールへ登るロープウェイの中で、私は一瞬意識を失った。
いわゆる高山病。急な気圧の変化に私はついて行けなかったらしい。
同じロープウェイに乗っていた担任に抱き抱えられ、着席していた一般のお客さんが慌てて席を譲ってくれた。
今も担任は、私のナップサックを持ってくれて、最後尾を一緒に歩いてくれている。
空が広い。
空を見上げると、マンションにも電柱や電線にも街路樹にも邪魔されず、ただ美しい青空が広がっている。
「星も綺麗に見えそう」
「さっきのロープウェイ乗り場、泊まれるぞ。満天の星空が綺麗でさ、あれはすげえ良かったなぁ」
「先生、見たことあるんですね」
「おお、元カノと…って、おまえ、俺の古傷を」
「先生が勝手に言い出したんじゃないですか」
こっちだって、元カノとはいえ、先生の女性関係なんて聞きたくなかったよ。しかもお泊まり星空デートとか。
しかも古傷になってるって。先生が心を痛めるほどに、好きだった人。
先生のことは何でも知りたいと思っていたけど、それは間違っていたんだなと実感してしまった。
はあ…ため息をこぼす。
青空は変わらず美しい。
山頂はずっと見えているのに、歩いても歩いても距離が縮まらない気がする。遠いなぁ。
「ちょっと休むか?」
「へ?」
「なんか顔色が良くない気がするんだよなぁ」
「先生が気にしすぎてるんじゃなくて?」
「そうかもしれないけど。って言うか、それもあるんだろうな。さっきビビったし」
「…すみません」
「まぁでも、大したことなくて良かったよ。こうして登山もできるし」
「先生が責任持ちます、ダメだと判断したら下山させますから、って言ってくれたから」
大学の登山部出身の先生が、心配する他のクラスの先生を説得してくれて、私は登山に参加することができた。
こうして澄んだ空気を吸い込んで山の景色に感動しながら、先生の優しさと心地良い疲れを感じている。
座って、水分補給をして、お喋りを少ししてから再出発する。
駒ヶ岳山頂が近づく。
ウチのクラスの登頂した人たちが、両腕をいっぱいに伸ばして私たちに手を振ってくれているのがわかった。
「唯ちゃんお疲れさまー!先生もおつー」
「お前ら、担任におつーはねーだろ。って言うか、ちっとも下山しねーで何やってたんだよ」
「えー先生なんて、おつで十分だよ。唯ちゃんと先生、待ってたの!クラス写真撮ろうよ!」
「ああ、そっか。サンキューな」
野外活動に帯同しているカメラマンにも先生は謝って、クラス全員で並ぶ。
先生は安定の端っこ。私はその隣。
クラス写真は、皆んなのやりきったような清々しい笑顔と少しだけ顔色の悪い私。先生の手には、私のナップサック。
そして抜けるような大空が広がっていた。
大空
12/22/2024, 7:26:31 AM