【時間よ止まれ】
『止まれ、止まれよ、、』
何でこうなった。
暗い部屋で震える体を抱えて夜を越す。
こんなはずじゃなかったんだ。
そんな、、そんな、、
俺は可哀想じゃない。
違う、違う。
『やめろ!!』
俺の声が部屋に響いて、すぐに消える。
鼓膜はワンワンワン、、と余韻を残しながらピリッと痺れた。
___________
幼い頃から、俺は虐待されていた。
父は典型的な亭主関白。
母はそれに従うけれど俺には厳しい。
まるで父への怒りを俺にぶつけるみたいに。
どんなに美味しいご飯でも、父が気に食わなかったら母は捨てた。
母はいつでもニコニコしてた。
ニコニコしながら俺を叩く母が怖かった。
父は少しでも気に食わなかったら俺を叩き、俺の物を壊したり燃やした。
友達と静かに勉強してただけなのに、いきなり部屋に入ってきてうるさいって勉強道具を庭に捨てられた。
友達はうちに帰され、俺は父の気が済むまで反省文を書かされた。
髪を掴まれて、頭を無理やり下げられ、怒鳴られた。
これを後に俺は理不尽だと知るけれど、もう遅かった。
異常な家の現状に慣れ、俺は何も感じなくなっていた。
そんなところを助けてくれたのは、親友の勇輝だった。
勇輝は怪我している俺を心配して、いつも俺の体のどこかしらに絆創膏を貼ってくれた。
『早くこんなとこ出よう。俺と一緒に東京行こう。』
会うたびにそう言ってくれた。
高校生で人生を終わらせようとしていた俺は、勇輝のこの言葉に物凄く救われた。
高校3年生の卒業式。
俺は、俺たちは、この狭い狭いセカイから抜け出した。
電車を何度も乗り継いで、東京というパンドラの箱を2人で開けた。
初めはめちゃくちゃ苦労した。
どんなことでもした。、、法律に触れない程度に。
『きっついけど、俺、トウキョー好きだ!』
勇輝の笑顔を見るだけで、俺は何だかもう少し頑張ろうって思えた。
どんなに金がなくても、俺は勇輝と一緒のトーキョーが好きだった。
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なのに、、なんでこうなっちゃったんだろうな。
暗い部屋。
2人暮らしには狭いアパートだけど、今は俺しかいないから広く感じる。
『勇輝、、勇輝、、』
うわごとのように呟く目の前の肉塊。
広がり出た鮮血が体育座りをしている俺の靴下に染み込んで、真っ白な靴下が牡丹の花のように赤い。
そいつの着てる華やかなワンピースも、よく手入れされたロングヘアーについていたバレッタも、ネックレスも全部血に染まった。
勇輝の名前を呼んでいた女はもう死んでいた。
ガタガタ、、ガチャ
『ただいま〜』
物音と人の気配に驚き、ビクッと跳ねる。
『富春、いるんだろ?電気くらいつけろよ。』
パチッ
機会音が軽快に響き、点滅しながら電気がつく。
勇輝は目の前の光景を見て、言葉をなくした。
『晴菜、、なんで、お前、、富春、、?』
体操座りしていた腰を重苦しく上げ、後ろ手に手を組む。
『、、、勇輝。俺、東京好きだよ。お前も、、好きだよ。』
『な、何言ってんだよ、、落ち着けよ、、』
青ざめた顔で生まれたての子鹿のように足がガクガクしてる。
そんな勇輝も好きだ。
好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで
たまらないのに、、、お前は俺のことが好きじゃなかった。
彼女なんて作って。
俺はお前が必要なのに。
お前は俺を必要としてなかった。
だから、、彼女を殺した。
お前の隣は俺だけでいい。
俺がいれば幸せだろ?
『だろ?勇輝、、お前には俺がいればいいんだよ。』
『だ、から、、冗談だろ?やめろよこんな、、』
勇輝は動かない自分の元彼女を見て、それが本当だと気づいた。
『お前おかしいよ、、警察に行って、きちんと罪を償って、遺族に謝れば、、』
『おかしいのはお前だろ!!』
大きな声を出したら、小動物のように勇輝は巨体を縮こまらせた。
『あー、、そっかぁ。勇輝も俺の親父みたいに謝れ謝れって、、お前はそんなやつじゃない。俺の知ってる勇輝じゃない。』
頭をガシガシかく。
『あ、そうだ。時間が止まれば永遠だ。俺の大好きな大好きな勇輝でいてくれる。』
勇輝に一歩近づく。
確かな殺意を持って。いや、確かな愛を持って。
『やめろ、、やめてくれ、富春、お前は優しいやつだろ?』
『うん、、だからだよ勇輝。お前をこの姿のままずっとずっと死ぬまで!!俺の隣に居させるんだぁ。』
勇輝が最後に見たのは、勇輝への愛を体いっぱいにまとった俺だったのかな。
それとも、ただの殺人鬼の姿かな。
いや、そんなことどうでもいい。
勇輝の時間はもう止まった。
時間よ止まれ。
このままずーっと。
9/19/2024, 11:23:55 AM