「どうしても…」
今日は沙希が久しぶりにテニスをしにやってくる。
靴擦れが治るまでテニス禁止令を出して1週間。
昨日の夜「靴擦れ治ったよ。明日からテニス行く!」と沙希から連絡をもらって、俺は心躍らせながら咲希の到着を待っている。
沙希がテニスコートへ向かって歩いてくる。
何て話しかけようかなあ。
靴擦れ治って良かったな、かな?
そう思いながら沙希の姿を目で追っていると、テニスコート入口で同じテニスサークルに参加する1年後輩の女に沙希が捕まった。
過去にテニス仲間から揶揄われたことがある。
「1年のあの子って、祐樹のこと絶対好きだろ。めっちゃ羨ましい。付き合っちゃえば?」って。
「何とも思わねー奴と付き合えねーだろ」って返したけど、その子が沙希に個人的に話しかけてるっぽいのは胸騒ぎがする。
後輩の女と連れ立っていく沙希を慌てて追いかけた。
近づくと声が聞こえた。
「付き合ってないよ」
沙希の声音は硬く緊張していた。
後輩の女が、沙希に絆創膏を貼ったのを見て、俺たちが親密な感じがしたと告げている。
そう見えたのか。
靴擦れが痛そうで心配して、なのにキュッと締まった白い肌の足首が女らしくてどうしようもなくドキマギしていたあの時。
幼馴染がただの幼馴染じゃなくなったあの時。
「ただの幼馴染だよ。…祐樹もそう言ってたし」
言った。言ったよ。俺は沙希に幼馴染だって。タクシー代を折半なって笑いながら。
けどアレは俺の照れ隠しで、沙希はわかれよ!
後輩が遠去かり、沙希は用品庫の方に体を向けて、リストバンドで目元を覆う。
また何でもないフリしやがって。
足元で砂利を踏み締める音がする。
俺の苛立ちのような荒い音。
沙希の頭のてっぺんを拳で小突く。少し痛い。
「何でもないフリは禁止って言ったじゃん」
「だって、幼馴染じゃん…祐樹もそう言ったし…」
言った。言ったよ。だけど!
「ただの、なんて付けることないじゃん。無理、してるじゃん」
何も言わない沙希の後ろ姿。
こんな時でも黒いウェアの華奢な肩や目元を覆うように伸びた細い腕が綺麗だと思ってる。
「俺、言ったよな。誰かに何か言われるなら、2度と言えないように言い返してやるって」
「だって、言われたわけじゃないから」
「沙希に泣かれるのは何か言われたのと俺にとっては同じだよ」
怒り口調になってる。だって、苛立っているから。
沙希にただの幼馴染だなんて言わせたくない。
言わせないためにはどうすればいい?
俺の気持ちを話せば、沙希は信用してくれる?
「俺さ、あの子のこと、何とも思ってないから」
「祐樹?」
沙希が驚いて振り向く。
マスカラは滲んでパンダみたいな目をしてる。でも、瞳は潤んで可愛い。
自分のリストバンドを外して、沙希の目元をリストバンドで傷つかないように優しく拭いた。
「…沙希」
顔を覆わず俺を見つめる沙希が眩しい。
「実は俺もさ、あの絆創膏を貼った日、何でもないフリをしてたんだ」
「えっ?」
「絆創膏を貼りながら、沙希って……」
そこまで言って、緊張していることに気づく。
沙希が俺を見つめて続きの言葉を待っている。
続きを早口で言い初めて、どんどん口調が早くなった。
「綺麗だなって思ってた。俺は咲希の特別でいたいかもしれないって。でも、言えなくて。もっと気持ちが固まったら言おうって」
恥ずかしくて腕で顔を覆う。
でも恥ずかしさと沙希に本音を伝えられた安堵や嬉しさが同居する。
まともに沙希の顔は見られない。
だって驚いている顔が、どんどん破顔していってるから。
ほんと…?
沙希が呟く。
しっかりと頷いて、俺はテニスコートへと体を反転させた。
「じゃあ、そういうことだから。先に行ってるから」
沙希の返事を待てずに俺はテニスコートへ走って行く。
伝わったよな?
あんなに嬉しそうに笑ってたし。
心のモヤは晴れている。
テニスコートで、サークル仲間と準備運動をしながら、心は沙希が合流するのを待っている。
沙希が後輩の前を通る時、互いに会釈してすれ違った。
その後、小走りで沙希は俺の元へ駆けてくる。
その顔は、可愛い笑顔。
俺も笑顔で、隣に来なよと手招きした。
(どうしようもなく恋が加速する)
5/20/2025, 8:18:38 AM