【1つだけ】
右の薬指にはめた指環に輝くアクアマリンが、水族館の青白い光をキラキラと反射する。マグロの群れが回遊する巨大な水槽の前。この指環をもらった場所も、ここだった。
「これからもずっと隣で、生きてくれませんか?」
緊張からか少しだけ強張った顔で、私へと指環を差し出した君の表情は、今でもありありと思い出せるのに。そう告げた君の声は、いつしか思い出せなくなってしまった。それが悔しくて、左手でそっと指環を握りしめた。
いつか私は、君の面差しも、君から与えられた言葉も、全て忘れてしまうのだろうか。君の全てを、過去のものにしてしまうのだろうか。だとしたら、人の脳とはなんて残酷なものなんだろう。私は君を、永遠に忘れたくないのに。
私の手元に遺った君との思い出は、この指環だけ。たった一つの、君とのよすが。たとえ君の存在の何もかもを思い出せなくなったとしても、この指環一つだけが、君の想いを私へと伝え続けてくれる。
ねえ、私だって君の隣で生きたかったんだよ。勝手に約束、破らないでよ。
冷たい指環の温度が、まるで最期に触れた君の白い指先のようで。思わず一筋だけ、涙がこぼれ落ちた。
4/3/2023, 12:06:29 PM