「……というわけで今日から数日間、オフィスには帰ってこられません。」
と伝えた。目の前にいた彼女は、覚悟を決めたような真剣な顔をしていた。
そんな顔をするのも無理はない。私の仕事は常に生と死の隣り合わせ。いつ死ぬかも分からない。今回は通常の仕事よりももっと死ぬ可能性が高い危険な仕事を仰せつかったからである。
「じゃあ、これを持って行ってください」
と彼女はポケットからあるものを取り出した。
「ペンダント?」
それは中央に十字架が描かれた円状のペンダントだった。周りには白い粒のようなものが舞っているように見える。
「……私は神を信じないのですが」
そう言うと彼女は、「いいから!」と半ば無理やり持たせた。
一度決めたことは曲げない主義の彼女だ。何度言ってもそれは変わらない。「分かりました。持っていきますから。」と私は首にかけ、ワイシャツの下にペンダントを滑らせた。
今回の任務は殺しではなく交渉。
取引をしてくればそれで解決なのだという。
思っていたよりも交渉はすんなり成功に終わった。
数日かかると見込まれていたものを一晩で済ませたことを報告するとボスも上機嫌そうな声色だった。
報告し終えた後、帰ろうかと思った時だった。
後ろから一発の銃声が鳴り響く。音は反響し私の鼓膜の中を震わせた。
振り向くと、そこには先程まで交渉していた相手の部下らしい人がこちらに銃口を向けている。裏切りだ。
素早く死角に隠れると、ハンドガンを手に持ち、相手の様子を伺う。
しかし、油断していた。部下はもう1人いたのだ。
相手は私の胸めがけて発砲した。
撃たれる。そう思った。一気に走馬灯が流れる。真っ先に思い浮かんだのは彼女だった。様々な表情をした彼女が私の目の前を通り過ぎていく。もう二度と会えない。そう思った時、とてつもない絶望感に襲われたと同時に、生きることへの諦めも頭をよぎった。
しかしもう時は取り戻せない。私は撃たれて死ぬ。そう覚悟を決めた。
その瞬間だった。
私の胸を貫通したとさえ感じた心臓が血1滴流れていない。
撃たれてなどいなかったのだ。
彼女が無理やりよこした十字架の描かれたペンダントが、私の胸を守ったらしい。
「ただいま戻りました」
おかえりなさい、玄関まで来てくれた彼女が言い終わるのが先だったか、私は唐突に彼女を抱きしめた。いつもはスキンシップなど取らない私だ、彼女は頭がおかしくなったんじゃないかと心配する。
私は今日あったことを話す。数日かかると思われた交渉が一日ですんなり終わったこと、交渉相手の裏切り行為に遭ったこと、無理やり持たされたペンダントが私の胸を守ったこと。
全ていい終わったあと、ほっとしたような顔で良かったと何度も呟いた。
私はずっと気になっていたことを聞いた。
「なぜこのペンダントには十字架が描かれているのですか?」
「…これはみなみじゅうじ座という星座を模したものです。」
彼女は続けた。
「大航海時代の船乗りたちが、この星座に航海の安全を祈願していたんですよ。」と言った。
「それで安全祈願にこれを送ったということですか。」
そうです、と穏やかに笑う彼女をもう一度抱きしめた。
『星座』
追記
10/05の誕生星のイオタ・クルキスの星の場所が、みなみじゅうじ座のあたりなのだそうです。
10/5/2023, 1:56:45 PM