部活が同じで親しいことと、受験生であることを言い訳に。
今じゃない。今じゃない。を繰り返して、ずっと先延ばしにしてきた部長への想い。
王子と、部長と。仲の良い三人で励まし合いながら勉強を重ね、お陰で受験は無事に終えられた。
けれども、受験が終わったということはつまり、彼女との別れも近付くということであって。
自らの選択の積み重ねの果て。とうとう俺は追い詰められてしまっている。
カレンダーを見上げ、残り少なくなる日にちに焦る気持ちは募れども、ここまで来ても、やっぱり俺には意気地がない。
言葉はシンプルに、簡単なこと。
ただ一つ。好きと伝えるだけなのに。
その一言を口にする、勇気が持てないのだ。
ああ、情けない。俺の、根性無しめ。
受験から解放された爽快感と、それと反比例するように迷う気持ちは膨らんで。
どうしよう。と悩み続けている内に、遂に今日は卒業式を迎えてしまった。
手に有る卒業証書に視線を落とし、自分の不甲斐なさにため息が漏れる。
あーあ、本当。俺の馬鹿。晴れの良き日に何て様だ。
あの校門をくぐって手を振ったら、高校生活もおしまいで。今までのように気軽に部長に会う口実なんて無くなってしまうのに。
そこまで分かっているのに、隣に居る部長へ、どう話を切り出せば良いのかが分からない。
不幸中の幸いなのが、卒業の記念にと、お馴染みの三人でご飯がてら遊びに行こうという約束があること。
だからこうして、王子の用事が終わるのを二人揃って待っているところなのだ、が。
「流石、人気者だよねえ」
ぽつりと呟く視線の先では人気者、もとい王子が人だかりに囲まれて、代わる代わるに別れの言葉を交わしている。
下級生に教師、それから共に卒業したクラスメイトにと。
教室を出てからずっと、少し歩いては声をかけられ立ち止まり。
話し終えて進んだ先でまた呼び止められる。
これを繰り返すものだから、漸く校舎から出られた今も、校門は目と鼻の先だというのにちっとも先に進めていない。
高校生活最後の日に、親しくしてきた友人を薄情に置き去りにする訳にもいかず。
だからこうして大人しく、三人揃って亀の進みを続けているところなのだ。
互いにたわいもない話を繰り返していられる内はまだ良かった。
けれども、話し下手の俺では二人きりで長話を続けるのにもだんだん限界が近付いて来たようだ。
うんうんと、相槌を打ち続ける間に、いよいよ部長との会話のネタも尽き始めて。
そうして漸く、今更ながらに、寧ろこれはチャンスなのでは? と思い至った。
王子が帰って来たらまた三人。それまでは部長と二人待ち惚け。
だから、この二人きりの間に切り出してしまう方が良いに決まっている。
ごくりと唾を飲み込んで、隣の部長を覗き見た。
しかしながらその向こうに、周囲を行き来する卒業生や在校生の姿まで映り込んだことで、折角の勇気が尻すぼみになってしまう。
こんな往来の、衆人環視の中で、告白?
――む、無理! 絶対無理!
「は、はくしゅん!」
「えっ。大丈夫? 寒い、よね?」
「いや。うん、まあ。ちょっと、うん」
独り勝手にパニックになっていたことを悟られたくなくて、鼻をすすって誤魔化した。
ああ、格好悪い。
まただ。くしゃみを言い訳に、また逃げてしまった。
俺、いつまでこんなことしてるんだ?
自己嫌悪で落ち込む俺を、具合が悪いと見て取ったのか。
人だかりの向こうにいる王子を気にしながら、部長が遠慮がちに俺の腕を引いた。
「うーん。最後の日だし、三人揃って移動しようと思ってたけれど、外で待つのは寒いよね。もう先に二人で喫茶店まで行く?」
「えっ」
驚く俺に部長は続ける。
「王子にはメッセージ送っておけば大丈夫だよ。今日は卒業式で特別だけど、これからも三人で集まることは出来るし。もう後は春休みだけだけど、風邪でも引いたら心配だよ」
だから先に行って待っていよう、と促す彼女の言葉に、何故だかすぐに返事が出来なかった。
二人で行こうという提案に、一度は心が跳ね上がった。
卒業後のその後に、俺の存在があることも嬉しかった。
けれども、さっきまで告白しようと勢い込んでいたせいもあってなのか。
「王子と三人で」という括りでしか無いことが、唐突に悔しく思えてしまって。
「――王子も居なきゃ、駄目?」
いつぞやかの嫉妬のように、ぽつりと言葉が漏れてしまっていた。
いきなりの問いかけに、詰められた部長も「え?」と呟いて固まった。
遅れて自分の顔が熱くなるのを自覚する。
それでも、一度たがが外れた勢いは、もう止めることができなかった。
ずっとうじうじ悩んでいたのが嘘のよう。
顔を上げ、正面から向きあって初めて、部長の顔も赤いことに気が付いた。
その顔をじっと見つめながら。
深呼吸して、ずっと彼女に言えなかった言葉を口にした。
「俺、部長が好きだよ。俺だけじゃ、駄目?」
――どれくらい、待っただろうか。
見つめる俺の視線に耐えかねてもあってか、部長はそっとそのまま俯いて。
そして小さく、でも聞き取れる声で、「駄目じゃない、よ」と呟いた。
それだけでも俺にとっては充分すぎる答えだったのに。
その後に添えられた、「私も、好き」という言葉に、再び心臓の鼓動がどくんと跳ね上がった。
ほ、本当に? 部長が俺を?
「ほ、本当だよ! 好き。大好きだよ!」
心の中での自問自答のつもりが、失礼にも声に出して聞き返してしまっていたらしい。
部長はそれを嫌がるどころか朗らかに笑ってくれて。
さらにはっきりと聞こえる声で答えてくれた。
「ま、マジで? 本当に?」
何度も聞き返し続ける俺に言い聞かせるように、部長が優しく「好き」と繰り返す。
移動しよう、と。引かれるままになっていた腕から彼女の手が離れ。
今度は手袋越しに俺の両手を握り返された。
ふんわりと、そうしてゆらゆらと。
繋いだ両手を揺らされて、漸くこの夢みたいな現実に実感が沸いてきた。
張りつめていた緊張の糸が解ける。
そのまま足の力も抜けてしまい、彼女と手を繋いだまま、俺は彼女の前にぺたりとへたり込んでしまった。
「え? えっ! ちょっと、大丈夫? やっぱり具合が悪いんじゃ――」
「違う違う。もう、嬉しくって。ちょ、ちょっと時間ちょうだい」
「う、うん?」
ああ、大好きな子を早速困らせて情けない。
でもごめん。本当に今、めちゃくちゃ嬉しくて。
格好悪い姿のまま、じゃれるように彼女の腕を揺らし続けた。
ああ、本当に。本当に、良かった!
「ねえ。一つ、お願いがあるのだけれど」
気が付けば、部長も俺と一緒にしゃがみ込んでいた。
対等に、目の前で向かい合う。
逸らせない視線に緊張して、鎮まりかけていた心臓が再び早鐘を打ち始めた。
「あのね。名前で呼んでほしいなって」
「えっ。な、名前?」
打ち明けられた小さな、しかし俺にとっては大きな、可愛いお願い事に少し声が裏がえってしまった。
はにかむように笑って彼女は続ける。
「ほら、今日で卒業でしょう? 今まで通り部長って呼んでくれても良いけれど、部活ももうないし。ねえ、駄目かな?」
折角これからは彼女なんだし、と。小さく続けて赤くなる。
そんな今まで見たことない彼女の表情に、俺も釣られてくらくらしてしまった。
ああ。本当に、俺で良いのかな。
気持ちが通じ合っただけでもこんなに嬉しいのに、これ以上を望んで良いなんて。
照れ臭くて、恥ずかしいけれど。
彼女の願いに、応えたい。
深呼吸を一つして。
初めて呼んだ彼女の名前は、緊張で少し掠れてしまった。
それでも満面の笑みで喜ぶ彼女を見て、愛しい気持ちが膨らんだ。
「――大好き」
続いてこぼれ出た言葉に、二人一緒に驚いて。
手を繋いだまま、小さく一緒に笑い合った。
ああ、もう。
格好悪いままの俺だけど。
これからもどうぞよろしく、ね。
(2026/02/05 title:090 溢れる気持ち)
2/5/2026, 9:08:23 PM