『忘れられない、いつまでも』
忘れられない、いつまでも。
——だって、あなたが笑っていたから。
○○○
記憶の忘却。
人が忘れるのには、理由が大きく二つあると思っている。
それは、多忙と傷だ。
一つは多忙。
人生には色々な事がある。ずっと長く人は色々な事を覚えてはいられない。誰が一年前の夕食の内容を覚えていられるだろうか。様々な事があればあるだけ、人は些事を忘れていくのだ。
もう一つは傷。
人々は忘れたい記憶を、覚えていたくない傷を、防衛本能として忘れてしまうのだ。
……だが、傷にはもう一つある。
傷ついたからこそ、忘れられない。そんな事がある。
「ねぇ、笑っていてね」
そう言ったのち、彼女は肉塊になった。
とうてい人の形を成しては、いなかった。
連続殺人事件。
彼女は、その被害者だ。
悪趣味な犯人は、被害者から最期の遺言の動画を撮って、遺族へ渡すという下劣極まりない趣味があった。
そんな事件から、もう二十年は経ったか。
既に犯人は捕まった。
裁判も終わり処刑が決まっていたが、その前に牢獄の中で自死したらしい。
どこか虚しい気持ちが広がっていた。
結局、彼女は“かえってこない”のだ。
それでも、それでも……。
忘れられない、いつまでも。
——だって、あなたが笑っていたから。
「ねぇ、お父さん。どうして、お母さんが亡くなったあと、再び結婚しなかったの? 一人で子供を育てるのは大変だったでしょ。お父さん、イケメンだし再婚出来たんじゃない?」
結婚式会場。
花嫁姿の嫁に行く娘が、そう問いかけてきた。
私は新婦に付き添う父として、タキシードのネクタイを気にしながら、曖昧に笑ってみせる。
たしかに、子育ては大変だった。
でも、ここまで育ってくれて本当に嬉しい。
再婚などは、全然考えられなかった。
だって、
「お母さんを、愛していたから、ね」
「……そっか。そうなんだぁ」
娘はどこか納得したように頷くと、私に満面の笑みをみせて、こう言った。
——じゃあ、私。そう言って貰えるような奥さんになる!!
おわり
5/9/2026, 5:04:28 PM