《太陽のような》
「うっひゃー、土砂降りじゃん。どーする蒼戒、もうちょっと雨宿りしてく?」
よく冷える冬のある日の放課後のこと。ザーザーと冷たい雨が降りしきる灰色の空を見上げながら俺(齋藤蒼戒)の隣で双子の兄の春輝が言う。
「……いや、時間も時間だし帰ろう。暗くなってから濡れた道を歩く方がリスクが大きい」
「そう、お前がいいならいいんだけど……」
春輝がそう言って心配そうにこちらを見るので、俺は仕方なくため息混じりに口を開く。
「あのな春輝、気持ちはありがたいが俺もそこまで柔じゃないぞ」
「いやそれはわかってるんだけどただひたすらに心配というかなんというか……。つーかお前顔色死んでるし」
「そうか……?」
「一回鏡見た方がいい」
「それ須堂先輩にも言われたな」
須堂先輩は俺が所属する剣道部で最強を誇る男勝りな女主将である。先ほど部活に行こうと格技室に行ったところ、出会い頭に「おい齋藤、お前今すぐ帰れ」と言われ、なぜですかと返したら「お前顔色死んでるぞ。青白いを通り越してもやは白い。ちゃんと血が通ってるのか?」と返ってきた。そんなに酷い顔してますか、と尋ねてみたが、一度鏡を見た方がいい、と言われてしまう始末だ。
「あの人には本当感謝しかねーよ……。お前その状態で部活やったら倒れるぞ……」
「そうだろうか……。俺としてはまだやれると思うんだが」
「その思考が1番危ない」
「そう言われてもだな……」
そんなことを話しながら傘を開いて歩き出す。パラパラと雨が傘に当たって、音を立てた。
「というかな、お前今日何徹目だよ? ここ数日ろくに寝てないの俺知ってるぞ」
「2徹……いや、3徹か……? ここ何日か無駄に忙しかったからな……」
正確に言うと、寝る気にならなかった、が正しいのだが。確かに忙しくはあったが、徹夜するほどじゃない。春輝もそれをわかっているのか、嘘つけ、と微妙な表情を返す。
「つかお前、この時期無理すんなっていつも言ってるだろ。今日寝なかったら問答無用で睡眠薬盛るからな」
「それは困るな……」
「だってそうでもしなきゃお前寝ないじゃん」
「……それはそうだが」
ぴちゃん、と足元の水たまりが音を立てた。その音に、胸がざわめく。……雨は嫌いだ。水が泥を抉っていくように、心の傷も抉っていくから。
「……蒼戒、お前……大丈夫?」
「……何が」
春輝が気遣うように言うので、俺は低い声で答える。
「何がってお前さぁ……。辛くないかってこと」
「……別に。甘いことばかり、言ってられないから」
正直言うと、本当は息ができなくなりそうなくらい、苦しい。今すぐにでも、立ち止まってしまいたい。
今から10年ほど前のことになる。俺たちがまだ小学生にもならない頃、姉さんが死んだ。溺死だった。今日みたいな寒い日で、あとから雨が降ってきた。あの時の雨の冷たさを、水の冷たさを、今でもはっきりと覚えてる。
だから、今でも雨は嫌い。水は怖い。あの時のことを夢に見てしまうから、寝るのだって怖い。だけどもう、心配ばかりかけられないから。前を向くしか、ないから。
「そっか……。……あっ、そーだ蒼戒! さっきの古典の授業のやつわかる? 俺さっぱりわかんねーんだけどー!」
春輝が賑やかに話題を変えた。まったく……空気を読むのがうまいな、春輝は。
「古典? ……ああ、伊勢物語の『芥川』か」
「そうそれー。何あれ、本当にわかんない」
「具体的にどこがどうわからないか言えるなら教えてやる」
春輝がこう言う時は実は大体わかっていることが多いからな……。こいつは基本道化を演じているけれど、本当はそれなりに賢いから。
「んー……とー、まずあらすじがよくわからん。で、動詞とか助動詞とか単語もよくわからん。俺古典はあんまできねーんだよー」
なるほど、これは本当にわからない時の反応だな。仕方ない、軽く説明してやるか……。
「とかなんとか言いながら毎回テストじゃそれなりの点数取ってるだろうが」
「それはお前のおかげー」
「はいはい。ざっと説明すると……」
歩きながらあらすじからざっと説明すると、春輝は時々相槌を打ちながら真剣に聞いているようだ。
「……という感じだな。わかったか?」
「んまあ……なんとなく? とりあえず明日の小テストには困らない程度にはわかったと思う」
「それだけわかれば十分じゃないか。期末が近くなったらまた考えろ」
「うん、そーする。ありがと、蒼戒!」
春輝はそう言って太陽のような笑顔でニカッと笑う。ああもう……何度、その笑顔に救われたんだろうな、俺は。
「……あっ、雨上がるぜ、蒼戒! ほらあっち、虹出てる!!」
春輝が空を見上げて言う。確かにいつのまにか雨は小降りになっていて、太陽が見え始めている。
「本当だ。……お前が、笑ったからかな」
太陽のような笑顔に誘われて、本物の太陽が顔を出したというのは少し考えすぎだろうか。まあ……たまにはいいか。
「んー、今なんか言ったー?」
「いや、なんでも。……行こう、春輝」
「ああ」
雨はみるみるうちに上がって、俺たちは傘を畳んでまた歩き出した。
(終わり)
本当に久々に書いたけど結構めちゃくちゃ……。フィーリングで読んでください!
2026.2.22《太陽のような》
2/22/2026, 4:33:15 PM