Open App



彼女はいつも僕の左胸に耳を当てて眠る

それは僕たちが付き合うにあたり
まず最初に取り決めた
必ず守らなければならない約束だった





ベッドサイドテーブル上の
水色の錠剤が寂しそうにこちらを見ている
お前より僕の方が役に立っているんだぞと
誇らしげに見下していると
腕の中の彼女がもぞりと動く
それは花の芽吹のように
柔らかく愛しい感触だった


僕が彼女の名前を呼ぶと
オニキスのように煌めく瞳と目が合う
形の良い唇が動いたと思えば
美しい声音が僕の鼓膜を撫でるように響いて
意図せず胸の鼓動が高鳴った

こんなことで急ぐ心臓を持っていることに
多少恥ずかしさを覚えたが
彼女は何も無かったかのように
また僕の左胸に頭を預けて寝息を立て始める




ああ幸せだ
今この瞬間が人生の中で最も幸福だ

彼女が呼んだのは僕の名前では無い

しかし誰がなんと言おうと僕はこの世で1番幸せで、
心の底から喜びに満ち溢れているのだ

彼女を構成する一つ一つの部分が
不十分であった僕の全てを満たしてくれる

白くて細い
木蓮のような肌の下に
脈打つ血潮の香りを思い浮かべて
ひたすらに彼女の目覚めを待っていた

9/9/2023, 6:03:25 AM