お題 世界の終わりに君と
「寒いね。」
『寒いわ。』
当たり前だ。地球は今、氷期にある。
世界は今、終わろうとしている。
大気中に飛び交う無数の塵。
育たなくなる作物。食料を巡り戦う者。
そして、僕らのように諦めた者。
醜い世界だ。たったひとつの隕石によって
地球は変わってしまった。
きっとみんなわかっている。僕らはもう助からない。
それでも戦っているものが馬鹿らしく思える。
この寒い中、どうしてそうも動けるのか。
こんな世界に縛られているのはもうごめんだと思う。
「もうやりたいことはない?」
無意味な質問を君になげかける。
『あったとしても、できないでしょう?』
その通りである。この状況で実現できない夢を思い描くことはとても残酷だ。
「今日で俺らは自ら死ぬ。それであってるね?」
『ええ。そうよ。とても残念で仕方がないわ。』
僕たちは愛し合っていた。
この世界の誰よりも幸せな世界を生きていた。
だからこそ、僕らは死ぬ。
いつ死ぬか分からないこの世界に縛られるよりも
来世を願い自ら命を絶つことを願ったのだ。
そしてそれは、君も同じだった。
君の美しい黒髪を凍えるような冷たい風が抜けていく。
君の瞳からひとつ、涙がこぼれた。
そんな君を、僕は綺麗だと思った。
『あなたに出会えて、私はとても幸せだった。
それは私だけかしら?』
「それはないよ。僕だってとても幸せだった。
君とはまだ離れたくない。来世も僕と一緒になって
くれますか?」
『ええ。もちろんよ。私もそう願っていたわ。』
「それはよかった。」
再び沈黙が流れる。
こんな世界とはいえ、自ら命を絶つことには
多少の恐怖心が湧いてくる。
それでも僕らは死ぬ。
この地球に殺される。
僕らの死まで、あと一歩のところまで来た。
『本当に君はいいんだね?この世界を去っても。』
「あなたと一緒にいられるならどこでもいいわ。
貴方となりが私にとっての居場所なのよ。」
君の方を見る。
僕は近づいてきつく抱きしめる。
お互いの涙で肩を濡らしあった。
君の温もりは本当に温かくて一時も離したくないと願う。
それは、少なくともこの世界を生きている間には
叶わない願いだった。
ひとしきり泣いたあと、触れるだけのキスを交わす。
『それじゃ、一緒に逝こうか。』
「よろこんで。」
こうして僕らは、今にも崩れそうな高いビルから
解放への一歩を歩み始めた。
6/8/2024, 9:31:39 AM