木蘭

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【あなたとわたし】

あまり知られていないことだけど、この世の役目を終えて天へと昇った者の中には、天界の名を受けてあらゆる気象の分野を司る者がいる。

例えば太陽を司っているヒナタは、天界が定める年間計画に基づいて日照時間を調整する。そして、雨を司る俺はこれまた天界が定める年間計画に基づいて降水量を調整している。

1度は天寿を全うしたはずのヒナタと俺だったが、なぜかまたこの世で出会ってしまった。しかも、なぜかお互い高校生になっているのだから気恥ずかしいことこの上ない。

ただ、太陽と雨をそれぞれ司る者同士が近くにいると打ち合わせがしやすい。天界の年間計画は晴れの日と雨の日がそれぞれ定められいるが、日照時間や降水量は1年間のトータルしか決められていない。だから、あまり雨を降らせてほしくないときにはヒナタが事前に俺に依頼をしてくる。

「ねぇ、ミナカミ。お願い。お〜ね〜が〜い!明日、少しの間だけ雨を降らせないようにしてほしいの」

「お〜ね〜が〜いって、いったい今年何度目だと思ってんだ、ヒナタ。またここで雨量を抑えたら、年の終わりに帳尻合わせで災害級の大雨を降らせなきゃいけなくなるじゃんか」

「それは困る!…けど、明日はどうしても降らせてほしくないの。放課後の数時間だけでいいから」

以前、ヒナタがお願いしてきたのは妹の中学受験のときだった。その前は、弟が野球の試合に出場するとき。両親の結婚記念日というときもあった。そのたびに、俺はぶつぶつ文句を言いながらも降水量を限りなく最小限に近づける努力をしていた。

ただ今回は、その時間帯だけどうしても雨を降らせないでくれという。ヒナタとは長いつきあいになるが、そんな依頼は初めてだ。

「放課後だけって、今回は何が理由なんだよ」

ヒナタはしばらく黙っていたが、意を決したように口を開いた。

「ツカサがね、生まれて初めて好きな人に告白するの」

「ツカサって、おまえがこの世に戻ってきて1番最初にできた友達の、あのツカサ?」

「そう、そのツカサがね、ずっと想い続けている人に告白したいから力を貸して欲しいって。私には日を照らすことしかできないけど、彼女の力になってあげたいの」

いや、むしろ雨を降らせない俺の方が彼女の力になるんじゃね? と俺は思ったが、親友の一世一代の決心を何としても後押ししたいヒナタの真剣な表情を前にして、何も言えなくなってしまった。

「…15時から17時まで。それ以上はムリ」

「えっ、いいの? うわぁ〜、ありがとぉ〜、ミナカミ!」

「うわっ!急に飛びつくな‼︎」

こういうことを無邪気にしてくるのが、ヒナタのいいところでもあり悪いところでもある。毎回、何だかんだいいように振り回される俺の身にもなってほしいもんだ。

それにしても、今までヒナタは1度も自分のために願ったことはない。もしもヒナタがこの先誰かに告白するとしたら、そのときはまた俺に雨を降らせないようにとお願いしてくるんだろうか。

何だかモヤっとした気持ちになりながら、俺は天界から渡されたスケジュール帳を取り出し、明日の欄に「15-17 降水量ゼロ」と書き込んだ。

11/7/2023, 11:45:18 AM