息を呑み眦を釣り上げた後、女は一気に泣き出した。
こんな筈ではなかった。数日間も任務に忙殺され心ならずも放ったらかしだった女の元へ、今夜、漸く忍んで来ることができたのだ。
涙声を聞いてやっと、自分の対応のまずさに気付く。女の見せたのは言ってみれば可愛らしい嫉妬心で、ムキになるような事ではなかった。急に何日も顔を見せなくなった私の身を案じながら、じっと待っていてくれたというのに。
『……なにも、泣くことはないだろう。』
正直、何を言ったら良いかわからない。女は共に入った褥の中で私に背を向けてしまった。腕枕からも逃れようと身を捩るが、体を寄せて阻止する。腕の中に感じる体温が熱い。
私がいつとも知れぬ身である事など、承知の上と思っていた。…いや、承知してくれていると知っている。何のために、身を捧げるのが望みであるかも。
だが自身の覚悟と、好いた相手の身を思うのでは訳が違うものかもしれない。返す返すもまずかった。
さんざん気を揉んだ末、ずっとご一緒できる上役さまが羨ましいと溢した女に、あの方のために死ぬなら本望だ、などと言葉にするべきではなかったのだ。
女は泣き疲れてきたようだ。こんな不甲斐ない男に泣かされて、それでも恨み言を堪えているのがいじらしく、身を焦がす程に愛おしい。
木偶のように悪かった、泣くな、と繰り返しながら、頭を巡らせ他の言葉を探す。本音は取り下げたくない……この女を相手に、心を誤魔化す事はできない。嘘はつけない。
さりとて、泣かせたままにすることもできない。
女の体を擦り髪を撫でながら、何とか声を絞り出す。
お前のためには死ねない。けれど、
『お前のため…私自身のために。生きていたい、と思う。』
女の体が一度震え、答える様に、しゅん、と鼻を鳴らした。
嘘ではない、と解るように、その晩はもう何も語らないと決めた。
【眠りにつく前に】
11/2/2023, 3:17:03 PM