ミミッキュ

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"あの頃の私へ"

 あの時の俺に言いたいのは、『何を言われても頷くな』『心を鬼にしてキッパリ「駄目だ」と伝えろ』。
 あの時あの《条件》を聞いて「それなら」と頷いてしまったから、『ずっと一緒にいたい』『けど無理だ』と堂々巡りで悩み続ける羽目になっているのだ。
 それが月日を重ねれば重ねる程多くなっていって、大きくなっていって、しまいには同じ言葉を無限ループで悩む時間が長くなって胸が苦しい。
 好きな気持ちは勿論、この先消える事は無い。それどころか日に日に大きく膨れ上がっている。もしその時になったら、反動でどうにかなってしまいそう。
 生きる理由の一つが消えるのだから相当心の準備をしないと、自分でも何をしでかすか分からない。
 もしかしたら、あの頃のように自暴自棄になって無茶を繰り返して、最悪の事態を引き起こしてしまうのではないか。
 当時は二十九歳で、身体も世間的に見て《大人》と呼ぶのに十分すぎる程だと思っていたのに、心はまだまだ幼稚だったと思い知らされる。
 もしかしたら今も、心は幼稚なままなのだろうか。途端にどうすれば良いのか分からなくなって相手に委ねてしまうのは、俺が稚拙なままだからなのか。
 今『心を鬼にして別れろ』と言われても到底無理だろう。きっと年甲斐もなく、柄にもなく涙が出て抵抗するだろう。
 どうして。
 周りの為に自分の身体を差し出す事は容易い事なのに、身を引く事も別れを切り出す事もできないのだろう。
 心が幼稚だから、それが理由ならば──認めたくないが──合点がいく。
 あの時よりは《大人》になっていてもそれはほんの少し《大人》になっただけで、まだまだ全然幼稚なまま。
 心まで《大人》になるのは、どんな難問を解くよりも、どんなに小さな原因を見つける事よりも、どんなに面倒で困った来客の対応よりも難しい。

5/24/2024, 1:05:08 PM