夜の祝福あれ

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秋の約束

祖母の家の庭には、一本の梨の木がある。
毎年、夏の終わりから秋にかけて、たわわに実るその果実は、祖母の手作りジャムやコンポートになって、家族の食卓を彩った。

今年の秋、私は久しぶりに祖母の家を訪れた。
大学生活に追われ、何度も「また今度」と言っては先延ばしにしていた帰省。
祖母は変わらず笑顔で迎えてくれたが、どこか少しだけ、背中が小さくなったように見えた。

「梨、もうすぐ食べ頃だよ。あんたが来るの、待ってたんだ」

祖母の言葉に胸が詰まった。
庭に出ると、梨の木は今年もたくさんの実をつけていた。
一つ手に取って、かじる。
甘くて、少しだけ酸っぱくて、懐かしい味が口いっぱいに広がった。

「この味、忘れないようにね」
祖母がぽつりとつぶやいた。

その夜、祖母と一緒に梨ジャムを煮た。
部屋中に広がる香り。
窓の外には、少し冷たい秋風。
私はその瞬間を、心に焼きつけた。

数年後、祖母は静かに旅立った。
でも、梨の木は今も庭に立っている。
秋になると、私は祖母のレシピを開いて、ジャムを煮る。
甘くて、少しだけ酸っぱい、あの味を守るために。

それは、祖母との約束。
秋の約束。

お題♯梨

10/14/2025, 1:25:50 PM