薄墨

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たたん、たたん。
金属の軋む音が、リズミカルに歌う。
黄色い線の内側で、車輪に踏みつけられて撓む線路をぼんやり眺めていた。

通過する電車、停まって人を吐き出す電車、回送電車…
今日は何両の電車を見送っただろうか。

たたん、たたん。
どの電車も、やがて呑気に線路を踏み締めながら、走り続ける。

ベクトルABの終点は点B。
ベクトルは、世界にあまねく力を図にしたものだから、ベクトルの終点は即ち、力が行き着く最後の作用点。
終点は力の終着点。

力は流れる。
終点を経由して、別の終点へ。
終点を経由して、別の終点へ。
終点を経由して、別の終点へ。
下へ、下へ。

だから仕方ない。
お客様が店員や職員の失敗を執拗に責めてしまうのも。
上司が部下を怒鳴りつけて心身を破壊してしまうのも。
同僚同士ですらストレスををぶつけ合って仲良く出来ないのも。
どんな環境の人間関係の中でも、悪口とイジメの影が差しているのも。

仕方ない。
仕方ないのだ。
誰でも終点で、誰でも始点だから。
頭では分かっている。
分かっているのだ。

…分かって、受け入れていたはずだったのだ。

たたん、たたん。
去っていく電車の足音が聞こえる。
電車は走るのが楽しくて仕方なさそうだ。
その胃の中に抱えている人間たちとは裏腹に。

電車は終点に向かって、その後に折り返して、終点を始点に変えて、終点へ向かう。
たたん、たたん、と鼻歌を歌いながら。
何度も、何度も、永遠に。

終点は終わりじゃない。
誰かが終点を迎えたとして、それはちょっとの間だけ、誰かに迷惑をかけて、誰かのストレスの始点となって、迷惑をかけながら永遠に続く。
本当の終点なんてない。

それも分かっていた。
分かっていたのに。

それでも、それでも。

今日が私の終点。
心がもたなくなってしまった。
今日が私の終点。

黄色い線からはみ出る。
線路を覗き込む。
電車に踏みつけられて、擦り切れた線路。
尖った小石が敷き詰められた棺の中に横たわっている。

たたん、たたん。
たたん、たたん。
鼓膜に電車の鼻歌が焼き付いていた。

8/10/2024, 2:22:32 PM