「随分、山を登るんですね」
ブロロロロ……、時折危うい音を鳴らしながら黄色のレトロカーがそれなりの勾配を登ってゆく。車検はまだ先だが、そろそろメンテナンス時期かも知れない。
のっぺりとした闇が車を包んで、どこまでもしがみついてきて。
運転席で片手でハンドルを操作するあなたは、それでも鼻歌を口ずさんで楽しそうに。ヘッドライトが照らす道路の形を追ってゆく。前を走る車の排気ガスが白く広がって。
「あのね、海を見下ろして見るの。ぼく、ちゃんと調べてきたんだから。きっとすっごくきれい。期待してて」
「ええ。ちょうど晴れるようですし。星もきれいですよ」
「んふ、計画通り」
にひ、と笑って。
開けた場所に出れば大きな駐車場。赤い誘導灯がスッ、スッ、と手際よく車をさばいてゆくのはすばらしい仕事ぶり。
駐車場を埋めるほどの台数が、もくもくと白い煙をはいて朝を待っていた。
飽いている隙間を埋めて。
キーを抜いたあなたはくるりと整頓された車列を見回した。
「結構、みんな、考えてること同じ」
「そんなものですよ」
「ふぅん。ぼく、トイレ行くけどどうする?」
「あ、わたくしも行きます」
息が真っ白な朝凍み。やはり考えていることは同じで、ようやく到着したばかりの人たちで列が為されている。
隣接した売店は少し暑いくらいに暖房が効いていた。暖をとるために入り込んだけれども、ただただ冷やかすだけでは居心地がよくない。
あたたかい海老のスープを。
タンブラーに入ったそれを傾けて、小さな飲み口から流れてきた熱々。「あちっ」とあなたは首を竦める。相変わらずの猫舌。おかしくて笑ってしまう。ぶすっとした顔で訴えてくるから。
だんだんと星が逃げてゆく。
海岸の展望台の縁には人が殺到していた。いち早くスマホを掲げて、その瞬間を逃さぬと。
塩辛くてカイロ代わりになったスープのタンブラー。このあとどうやって飲もうかと考えていると、となりであなたが唇を引き結んでいる。見れば、コートの下は心もとない衣服。
「あなたそんな薄着で!」
「ずびっ……だって、出してたダウン、取り違えたから……カイロあるから、へいき」
「そんなわけないでしょう!」
タンブラーを持たせて、わたくしのマフラーを鼻下が隠れるように巻いてやって。頬が冷えて、少し顔色も青い。
手のひらからわたくしの体温を渡す。
風邪を引かなければいいけれど。
「……ありがと」
「売店でアウターが売っていればよかったんですけれど……」
「うん。……風邪引かないように気をつける」
へら、と笑うあなた。
気をつけると言ったって……。
周囲がざわざわと浮足立ってきた。
気づけばすっかりと白んできている。どおりで顔色が分かるわけだ。気が気ではないけれど、あなたがせっかく連れてきてくれたから。
肩を寄せて。
「ねえ、出てきた」
「見えていますよ」
雲の縁が光を帯びてきた。
赤色のような、黄色が滲むような、橙色の光線。あたりの色を白く取り上げて。ゆっくりとその存在、威厳を比類なきまでに。
毎日見ているはずなのに目が離せなくて。
息をのんで、あなたのことが急にさらに特別愛おしくなって。いままでが白黒だけの世界だったかのように、美しいだなんて。まるでわたくしがメリーになったよう。
「……きれい」
「よかった。ぼくもきれい、って思うよ」
とん、と肩が触れ合う。
目を細めたあなたの、とびきりの笑顔。肌に生命が透けて。
ああ、あなたはわたくしのとなりで生きている――――そう、実感して、確認して、わたくしはひどく満たされてゆく。
#日の出
1/4/2023, 8:40:54 AM