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スマイル

「ラインハルト」
スバルに肩をトントンと叩かれる。
「うん?なんだい、スバ……」
「へへっ、隙あり」
「!」
呼ばれて振り返れば、すかさずむにっとした感触を頬で受け止める。固めだが、弾力性も兼ねた感触の正体はスバルの指先である。スバルは僕の頬に指先を押し込んだまま、更にグイグイと突いてくる。
これが敵ならばとっくに躱しているが、相手がスバルであるなら別だ。スバルになら例え何をされても許せるくらい、僕の心は彼に信頼を置いていた。
「やあ、スバル」
「くっそー、頬を突かれててもイケメンはイケメンだな……!」
顔は悔しそうにしていても、何故か言葉では僕の顔立ちを褒めてくれる。つくづく彼は不思議な人だといつも思う。
「えっと……どうしたのかな?」
「……」
行動の理由が知りたくて訊ねてみるも、スバルは口を閉じたままでなかなか答えようとしてくれない。
「スバル?……わっ」
返事の代わりに、スバルは両手で僕の顔を挟んだ。それから頬をマッサージするように揉んだり、時々軽く抓る。
「す、スバル……?」
「おー、案外柔らかいのな、お前の頬っぺた」
「ふ、ふふっ、さすがに擽ったいよ……ははっ」
むにむにと、肌を解すように揉まれ続けると、さすがに笑いが抑えきれず、溢すように口から笑い声が漏れてしまった。僕が笑い出せば、スバルは頬を揉むのを止めて僕の顔から手を離した。
「お、やっと笑ったな!」
「だって、君の手が擽ったかったからだよ……」
スバルによって引き起こされた笑いはなかなか止まってくれなかった。止まるどころか、一つも悲しいことなんてないのに何故か涙まで出てきそうになる。
「ラインハルトにも笑い過ぎることってあるんだな……」
スバルが意外そうな顔をしながら僕のことを見つめてくる。そもそも、こうなってしまったきっかけは君が原因なのに、肝心の張本人はあっけらかんとしているので更に笑いが膨らみそうになった。
「僕も知らなかったな……自分がこんなに笑うことが出来るなんて」
誰かに合わせるような、演技のように作った笑顔ではない。無意識な、ごく自然な笑顔。
意識しなくていい、抑えなくていい感情を素直に表せるのがこんなに気持ちの良いことだなんて、何だか随分と久しぶりに思い出せた気がする。
「スバル」
「ん?」
「僕はこれからも笑いたい時には笑って良いのかな……?」
「は? 当たり前だろ……」
僕の確認ともいえる問いかけに、スバルが怪訝な顔をする。
当然だ。自分でもおかしな事を聞いている自覚はある。『剣聖』は『剣聖』らしく、全ての行動に細心の注意を払わなければならない。でも、『剣聖』以前に"化け物"でもある自分は常に制御を求められる。力も、発言も、感情も、ありとあらゆる全てのものを……。
「そんなの誰かに確認することじゃねえよ。ラインハルトが心から楽しくて笑ってたら俺も嬉しいし、これからもどんどん笑ってくれ。あ、無理して笑えって意味じゃないからな!」
自らの発言を慌てて訂正するスバルだが、僕の心はその一つ前の言葉に囚われてしまっていた。
僕が笑っていたら嬉しい……。
初めて言われた言葉だ。今まで思うままに感情を表すと嫌な顔をされたり、恐れられたりと、不快な思いを与えてしまうことの方が多かったから……。
だから感情をありのままに出すのを抑えるようにした。初めて会う誰かと接する時は、相手に恐怖心を与えないように人当たりの良い笑顔を作って……。
僕が自分自身に巻いた、感情を制御する為の鎖はたった今、スバルの言葉で溶かされた。
「僕は君に救われてばかりだ……。スバル、心からありがとう」
意識的にじゃない、僕の心から無意識に飛び出した感謝の笑顔をスバルに向けた。
「あ……」
スバルの瞳が瞬いたのは一瞬のことで、次の瞬間にはいつも僕に向けてくれる暖かみのある笑顔になっている。

「やっぱ、お前は笑ってる方が似合うよ」

2/9/2026, 3:54:25 PM