ふゆもと

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 拝啓から始まる手紙を選り分けていく。
 日焼けした紙に羅列するゴツゴツとした堅苦しい字体は、本人の性格を表しているのか、ひたすら無骨に見える。よく見ると何度も書き直しているらしく、紙にはインクで書かれた文字とは別に透明な文字が踊っている。用紙の束の上で書かれたことが容易に想像できる。
 机の上で書いたのだろうか。それとも板みたいなものだろうか。大きな体を縮こませて無言で目を逸らす若かりし頃の手紙の主を想像して、似合うような似合わないような複雑な思いを抱えながら、また一通と手を伸ばす。
「あ! やべっ」
 床に無造作に置いたマグカップに足先がぶつかり、一瞬ひやりと肝を冷やした。しかし、実際には中身はとっくの前に空になっていたようで底は完全に乾燥している。
 いつの間にか作業に没頭していたらしい。手紙の整理を始めてから小一時間は軽く経っている。
 凝り固まった体の関節を鳴らしながら、小休憩だと台所へ向かう。
「あれ、そっちは終わったの」
「ぜーんぜん! でも疲れちゃってね」
 進捗を伺うと先客である母は、なまじりを下げて笑った。母が両手で包み込んでいるマグカップからはすでに湯気は失われており、少しというには些か長めの時間が経過しているのは明らかだった。
「そっちは?」
「んー、もう少しかかりそう」
 自分でも憔悴している声が漏れたことに気づいた。
 いくら許可を得ているとはいえ、祖父の遺品整理は骨が折れる。祖母が片付けられないからという理由で任された二人の手紙のやり取りは、安請け合いしたのを後悔するくらいにはお互いへの思いが詰まっていた。
 裕福な家庭の生まれではなかった二人は互いに家族のために出稼ぎに出ている時代。その頃の主な連絡のツールは手紙で、それを通じて思いを育ててきた様子が手に取るように文章から読み取れてしまうのだから困る。これではまるで盗み見だ。
「ばあちゃんはなんで、あんな大事なものを処分するんだろう」
「……きっと処分じゃないのよ」
 縁側に座って外を眺めている祖母の小さく丸まった背中を見つめながら、母はそうつぶやいた。

 仕分け終わったかい、と自室に顔を出した祖母の背中を追う形で慌ただしく手紙を持って縁側に向かったのが十数分前の出来事だ。
 祖母に言われるがまま、沓脱石に立てられた一本のわずかな蝋燭の火に手紙を焚べていく。じりじりと紙が焼ける臭いする。緩やかな一本の線を描いて登っていく煙をじっと見つめている祖母の横顔はひどく穏やかだ。
 会話もなく作業のようにただひたすら焚べて、ようやく最後の一通が灰となり一瞬で風に溶けていった。煙で乾いた目をこすっていると、真新しい封筒が一通祖母の手によって焚べられたのが見えた。
「それ新しいやつじゃん」
「あの人、ああ見えて心配性でしょう。だから近況を送ってあげないと」
 目を細めて笑う祖母を見てようやく、手紙を燃やすと言う行為が寂しがり屋の祖父のために行われていたことに気づいた。
 立ち上る煙が文字となり、祖父のもとへ届くように。


【遠くの空へ】

4/12/2023, 4:12:47 PM