→短編・杞憂
60歳を超え、健康のためにジョギングを1年ほど続けている。走るのは夕方の1時間程だ。コースは、近所の公園内のジョギングコースから始めて、その日の気分でコース周回か、町中を走るかを決めている。
今日は公園1周の後、近くの線路脇の道路を走るつもりだ。
私と同じようなランナーとすれ違い、公園を通り道にする人々を追い抜く私の視界の端に、1つのベンチが過ぎった。
脳裏にそこに座っていた一組の年若い男女の姿が浮かび上がる。
彼らを見たのは1ヶ月ほど前のことだ。2人はベンチに距離を少し開けて腰掛けていた。ケンカしたカップルだろうと私は見立てた。私が公園を3周するあいだ、彼らは話すことなく俯いていて、3周目には姿を消していた。仲直りできたかな、と私はベンチ前を通るたびに彼らを思い出すようになっていた。年寄りの無責任な願望たが、若い人には幸せであってほしい。
そんなことを考えているうちに、私は公園から線路脇の道路にやってきた。行き交う人の顔も見えない暗い道だが車の往来がなく走りやすいのだ。
前からの人影に気がついた私は道を譲った。何事もなかったかのように行き交う。
ちょうどその時、電車が通り過ぎた。車内の明かりが道路を照らす。
人影が見覚えのある顔を持ったように感じ、ふと私は足を止め振り返った。
そこには隙間がないほど肩を寄せ合って歩く一組男女の背中があった。
一瞬ではっきりしなかったが、たぶんあのベンチの2人だ。
そうか、良かった。仲直りしたんだな。
私は再び走り出した。もうベンチを通りかかっても気がかりを覚えることはないだろう。
テーマ; 距離
12/2/2024, 7:51:47 AM