逃れられない(刺し違えたとしても)
「お迎えに参りました、お嬢様」
幾度となく聞いてきた、その台詞。
黒のスーツで身を固めたその人は、わたしが物心ついた時には既に執事のトップに君臨していた。
幼稚舎、初等部、中等部、高等部―――そして大人といえる歳になった今でさえ、その人はわたしがどんな場所に居ようと冒頭の台詞と共に現れる。
今日は遠慮して?
今日は友人と遠出するから。
デートだから来なくて結構!
思春期を経て大人となった今、迎えなどいらないのだ。
自分の予定は自分で把握するし、自分の身は自分で守る。
―――次第に口調が荒くなろうとも、しかしその人は動じる気配もなく冒頭の台詞を言い続けた。
「ねえ、いつになったら諦めるの」
「旦那様の言いつけですので」
何かあるとすぐ父の存在をちらつかせるのも気に食わなかった。
けれどそれも全て、五年前に終わったことなのに。
それなのに。
「お迎えに参りました、お嬢様」
………血の気が引いた。
玄関先で呆然と立ち尽くして、その人を凝視する。
「………どうして………」
「旦那様から、お嬢様には離縁して戻って来るようにと」
―――喉を鳴らす。
咄嗟に二つの選択肢が脳裏を掠めた。
「お嬢様」
目を伏せたその人はわたしのことで苦労したのだろう、最後に会った日から随分な年月を感じさせた。
「私か御自身か、消し去るのは―――どうぞお嬢様のご自由に」
………さすがだと思った。
何年隔てていても、敵わないと思った。
「―――少し、待って」
指輪を外す。
この檻から出るには、二つの選択のどちらが正解か―――
いや、元から出口などなかったのかもしれない。
彷徨い抗うわたしをずっと、囲って逃がすまいと庇護下に置いて視線を這わし続けた―――
あなたの 勝ち
END.
5/23/2024, 3:14:44 PM