川瀬りん

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『やりたいこと』




「不正ができるだけないようにするために、日本人の体にチップが埋め込まれて50年経つらしいんすけど……今や文句をつける人はチップがない頃を知ってる老人が主らしいっすよ。若い子たちはむしろそんなこと気にもしてない。でも、俺達それでいいんすかね?」


下町の蕎麦屋は今や少ないが、残っている店は常連客で溢れかえる。
2年以上通い詰めてやっと常連に食い込んだ、田中伝次郎は蕎麦を口にしながら話した。

向かいに座って、同じ蕎麦を食べるのは松永愛弥美。伝次郎の上司だ。


「……田中君は埋め込みチップ反対派?」

「反対とかはないんすけど、じいちゃんが昔は良かったと言ってて。それ聞いたら俺達自由がないっていうか。松永さんはないっすか? じいちゃんばあちゃんに聞いたってこと」

「ないわけじゃないけど、私は別に自由がなくなったとは感じないわね。だって、今の老人が言っていることって悪いことが出来なくなったって言ってることが多いもの。……例えば、チップのおかげで私たちはどこにいても位置情報でわかってしまう。数分おきに記録もされる。また、死亡すれば生体反応消失によってチップの位置情報が役所と警察に送られ死亡通知が届く。チップの記録は遡れるし、全国民のチップ位置記録と照らし合わせて何人もの殺人犯がそれによって特定されているのよ」

「それはわかってますよ。でも、デメリットもあるっすよ。俺達、監視されてるみたいじゃないっすか」

「あら、やましいことでもあるの?」

「そうじゃないっすけど。知られたくない秘密とか……」


ゴニョニョと口を動かす伝次郎に、愛弥美はひらめいたように声をあげた。


「そういうこと……何? 彼女に浮気でもバレた?」

「違いますよ! 浮気なんかしてないっす! ってか、そもそも彼女いないし。……親っすよ」

「親?」

「松永さんとこの前、張込みでホテル行ったじゃないっすか? あのとき、親が居れの位置情報検索したらしくって……帰ったら質問攻めっすよ。捜査情報漏らせないし」


愛弥美は苦虫を噛み潰したような顔をした。
確かにそれは辛いものがある。


「いい年した大人なのに未だに位置情報調べられるんっすよ。ましてや俺刑事なのに、誘拐なんかされねぇっつーの」

「でもチップの位置情報で助かった命がごまんとあるのも事実よ」

「分かってますよ」


店内の古いテレビに、5歳の女の子がチップの位置情報で無事発見されたニュースが流れているのを伝次郎は目にする。


「今後は犯罪をした瞬間にチップから警察にデータが送られるようになるって噂もあるみたいよ」

「それはあと何年かかるんすかね」

「さぁね。でも――」

「どうしたんっすか?」

「警部からメッセージきたわ。いつまで蕎麦屋で食ってんだって」

「自由って……」

「サボってるわけじゃないもの。でもそろそろ行かなきゃね」


会計機は今やセルフが主流だ。チップ1つで会計もできる。


「田中君、経費で落とすからチップスキャンするね。上むいて」


伝次郎が上を向くと、顎の下に小さな黒い点が愛弥美の目に写った。そこにスキャナーをかざすと、会計機がピロンと音を立てる。


「松永さんのチップ俺やるっす」

「お願い」


愛弥美は松永にスキャナーを渡すと、後ろを向いて右耳を思いっきり顔側に折りたたんだ。
耳の後ろに黒い点があり、伝次郎はそこにスキャナーを当てた。
会計機がまたも音をたてる。
愛弥美がササッと操作すると、あっという間に会計が済んだ。


「これだってチップのおかげよ」

「……何も言ってないじゃないっすか」

「目が言ってたわ」

「まぁ便利っすよね。警視庁にここから領収証が送信されるんっすから」


蕎麦家を後にして二人は仕事に戻った。




っていうような話を書きたいのだけど、現代では創作も批判されそうな感じがするでしょう?
サザエさんだって昭和の舞台がアニメなのに現代の家族と違う、専業主婦なんて!って言われるんだから。

でも書きたくなる。これが私の『やりたいこと』






2024/06/11 (創作→本音)

6/11/2024, 10:31:46 AM