『すれ違い』
深夜、勤務先のホテルの廊下を、なんとなくぶらぶらと歩く。
今日は夜勤なのだが、何せ仕事がない。
お客様は皆寝ているし、他の仕事は昼間のうちに全部終わらせた。
このまま朝までいるんだと思うと、げんなりする。
暇だなーなんて思いながら、静まり返った廊下を歩いていると、曲がり角の向こうから足音が聞こえてきた。
(ん?誰かいるのか?)
まあでも、お客様が起きてくることは珍しいことではない。
特に気にもせず、そのまま進む。
足音が近づいてくる。
俺は角を曲がり、その人物とすれ違う。
そのとき、
相手の手元で、何かがぎらっと光った。
(何だ今の)
後ろを振り返り、相手の手元を確認する。
はっと息を飲んだ。
その手に握られていたのは、ナイフだった。
俺はそいつにすばやく追いつき、お客様?と声をかける。
そいつは肩をびくっと震わせて振り返った。
知ってる客だった。
とっさに、ナイフを俺から見えない場所に隠す。
バレたことに気づいているのか、視線は泳いでいる。
俺はそいつの手元を指さした。
「ちょっとそれ、見せてもらっていい?」
そいつは何も言わない。
それから、観念したようにナイフを見せた。
「何しようとしてたんですか?」
俺は感じが悪くないように、笑顔で訪ねる。
しかし相手は怯えたような表情で俯く。
数秒経っても、そいつは何も言わない。
俺はここままでは埒が開かないと思い、口を開く。
「どうせ僕を殺ろうとしてたんですよね?」
そいつはばつが悪そうに頷く。
まあそうだろうな、と俺は思う。
そいつに殺されそうになるのは、これが初めてではないのだ。
まず、チェックインした初日に変な毒だか薬だかを盛られ(そいつのとこっそり入れ替えておいた)、そのまた一週間後に後ろから刺されそうになった。
それから少しして、また殺されそうになった。
そんな様子で、俺はこの客に命を狙われている。
警察に突きつけようとしても、無理な話だ。
だってここは、交番など存在しない、異世界なのだから。
懲役の代わりに俺はそいつを縄で縛り上げ、適当な押し入れに突っ込んでおいた。
一息ついて、また廊下に戻る。
今日も仕事したなー
10/19/2024, 10:16:01 PM