ふ、と蝋燭の火が揺れた。
閉め切った部屋の中、どこから隙間風が入り込んだのか。
マルスは目を閉じると、集中して風の流れを探る。せっかくストーブを焚いているというのに、暖気が逃げていってしまうのでは甲斐がない。
左後方から寒気を感じる。彼は椅子から立ち上がると、その方向へと歩き出した。どうやら窓が少し開いていたらしい。おそらく換気のために開けたとき、きちんと閉め切れてなかったのだろう。
彼は踵を返すと再び座った。目の前にうずたかく書類が積まれている。見るだに嫌になる量だが、誰かがやらねば終わらない。幸いにも、自分は仕事をこなしていくスピードが早い。
冷めたコーヒーを一口啜ると、彼はペンを手に取って、仕事を始めた。ガリガリとペンが紙を削る音が響く。書類の文字を追って、サイン。不要なものは破り捨てる。書類に文字を書きつけて、サイン。必要なものを封する。
いつの間にかそれらは一定のリズムを刻んでいて、さくさくさくと気づけば書類の山は半分くらいになっている。この調子で片付けてしまおう。何事も波を逃してはならない。立ち止まってしまえば、一歩も動けなくなってしまうように。
コンコンと扉がノックされた。彼は自分の刻むリズムに集中しているうちに、周りの音が耳に入らなくなってしまっているのだ。もう一度、ノックされる。彼は気づかない。
ノックの主は痺れを切らしたらしい。外で開けますよと言っているのが朧気に聞こえくる。彼は一向に返事をしない。ゆっくりとノブが回されて、扉が開いた。
その音でようやく気づいたらしい彼は、顔を上げた。そのときランニングハイならぬワーキングハイが切れてしまった。ずっと同じ姿勢で書類を見続けていたせいか、あちこちバキバキだ。彼はむっとして言った。
「誰だ?」
「わたしです。ノックは何度もしましたからね」
間髪容れずに返したのは、マーシャだった。彼女は部屋に入るや否や、マルスの机上に書類がうず高く積まれているのを見て、深々と溜息をついた。
「全く……あなたって人は……。もう真夜中ですよ。お仕事が忙しいのはわかりますけど、もう寝るべきです」
ガタンと何かが落ちる音がした。マーシャがその方向へと目線を向けると、彼が椅子から落ちていた。驚きに目を丸くして、彼女は彼の元へと駆け寄った。
「ど、どうしたの? だ……大丈夫?」
彼は地面に尻餅をつくような形になっていた。マーシャを見上げながら口を開く。
「……マーシャ? どうして君が、こんなところに……」
「そんなの決まってるじゃないですか」
彼を助け起こしながらマーシャは微笑んだ。
「あなたに会いたかったから会いに来たんです。たまたま今はドナの街にお邪魔してますから」
そうか、とマルスは嬉しそうに微笑んだ。
11/24/2023, 7:37:57 PM