のねむ

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「海になりたいんだ。」

夜の海を見に行こうと、過去の君が笑った。桜が散って、木に緑が灯り初めた。私だけが夏を受け入れてしまった。君を春に残したまま。



「桜はさ、綺麗でしょう。だけど綺麗なものっていうのはね、残酷さがあるから綺麗なの。」
「残酷さ?」
「そう。花は散るでしょう。人間も朽ちるでしょう。景色は永遠ではないでしょう。いつかは消える、いつかは見れなくなる。だからこそ、綺麗なの。」
そう言って笑った君は、とても悲しげだった。私が、桜を怖いと言ったから。

桜は散る。それと同時に人間だった君も桜の木の下で朽ちていった。確かに残酷だった。それでいて、私だけ置いていった、春のような君はとても美しかった。
桜のように来年か、またいつか、会えるかもしれないという淡い期待を持って「さよなら」の一言さえ言えず、ただ春に取り憑かれて。それでも生きているから、夏を受け入れてしまう。
君は夏を受け入れられたのだろうか。未だに春を楽しんでいるのだろうか。




「夜のね、海になりたいんだ。」
いつかの記憶の君が、言った。

「海はね、繋がっているでしょう。大地と。陸で朽ちても、溶けて流れて海の1部になる。きっと、そうだと思う。」
「ふぅん。そういうもんなのかな。」
「さぁ。それにね、海はね。ずっと消えないの。すべて繋がっているでしょう?海は広いから、過去の海は遠くに行くけれど今の海は近くにいる。だけど、海はひとつ。別れなどしない。私は貴方と海になりたいよ。」
「私には、難しいな、その話は。」
「いつか分かる日が来るよ。」


分かる日は来るのだろうか。
君のなりたいといった、海に来てみた。けれど、何一つ分からずただ広いなぁと思っただけだった。
朝の海ではなく、夜の海と言ったのは何故なのだろうか。

暗い海を眺めていた。
海の中で何かが動いた気がした。
あれは、人か。人だ、月明かりに照らされた人だ。君のようにも見える。でも違うかもしれない。
だけど、どうでもよかった。
どんどんと進む人影をただじっと見つめていた。その瞬間、激しく水飛沫をあげながら倒れ込んだ。

その時にやっとわかった。何故夜の海なのか。
人を囲むように跳ねた水の影は、花のように見えた。暗い海の中に浮かぶ、大きな花。

花は忽ち、萎んで消えた。何事も無かったかのように、消えてなくなった。あったのは、穏やかな海だけだった。




あぁ、そうかい。君は、桜の下で。海になったんだね。
沢山の桜に包まれて、そして消えたんだね。




「じゃあ、私も夜の海になりたいなぁ。君と一緒にさ。」











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私の好きな人は、桜と共に消えてしまったので、それを思い出しながらかきました。夜の海も似合うような人だったんです。
桜は毎年咲くし、海も変わりはしないから、さよならを受け入れずに待っていればまた会えるんじゃないかって思ってます。

8/15/2023, 2:10:19 PM