凡そ5、6年前のことでしょうか。
クラスの中でも足の速さには定評がありました。
リレーではアンカーに選ばれました。
体育を生業とする父に、
「凄いぞ!」と自分の頭より幾倍も大きな手でわしゃわしゃと撫でられるのが本当に嬉しかったのです。
誰よりも早く走って、ぐんぐん足の回転速度を上げていくのは非常に心地の良いものでありました。
まるで夏の風のような、爽やかさに包まれる感覚は爽快でさえありました。
しかし、あの日。
新幹線に乗って西へ西へと進む兄に別れの言葉1つすら言えませんでした。
春を迎えようとしている私の心では、去っていく大きな兄の背中に投げかける言葉を見つけられなかったのです。
そうこうしているうちに、兄は簡単には会えない距離へと行き、そこで私には想像もつかぬような人間関係を築くのです。
知っている兄の、知らない面に涙したのは兄が家を出て3年がすぎた頃です。
ふと、父に聞いてみました。
「私は、新幹線に追いつけますか?」
父は口角をゆるりとあげて、目を三角に細めて、
「無理に決まっているだろう。」と笑いました。
こちらを指さすその先端が妙に気持ち悪かったのを覚えています。
私は、走るのを辞めました。
3/9/2026, 11:25:12 AM