ここは、海の上。この上空では、たくさんの雲が、日々空をゆったり飛んでいます。
「ねぇねぇ、この海サメいるんだよ!」
「うそだぁ、前に僕がいた時はサメなんていなかったよ?」
「熱帯魚がいっぱい泳いでたよね、私も見た!」
和気あいあいと、産まれ故郷の海の話をしているのは、「わた雲」。彼らは生まれたばかりなので、自分たちが生まれた海の話でいつももちきりです。大きいものから、小さいもの。しかし、どれも仲の良さに関係はなさそうです。
「サメ…嫌だなぁ…怖いなぁ…食べられたらどうしよぉ…」
そんな綿雲の会話を聞いて、一雲震えている、どんよりとした雲が現れました。下にはポツポツと、涙が落ちていきます。「乱層雲」です。いつもは何事にも怯えていて、泣き虫ですが、冬になるとほんの少しだけ気持ちが晴れやかになるそうです。
「そんなに気にしなくていいんじゃな〜い?」
「そうだよぉ〜、僕らは空の上にいるんだから食べられやしないって〜」
おっとりとした様子で乱層雲に話しかけたのは、「層積雲」。ぐるぐると渦を巻いたような、ロールケーキのような雲で、いつも友達の乱層雲を持ち前の気楽さで励ましています。彼らも少しどんよりとした色合いですが、体の隙間からは、まるで神様が降りてきそうな光が差し込んでいます。「天使の梯子」ですね。
おや、急に空に薄い、膜のような雲が現れました。
「それにしてもぉ〜、君は太陽を隠すのが好きだねぇ〜」
層積雲の話しかけた先には、その薄く、広大な雲。「高層雲」です。
「……」
彼は殆ど群れることなく、いつも無言ですが、その様子がミステリアスなのか、とにかくよく層積雲やわた雲に話しかけられています。
「あー!」
突然、わた雲が大きな声を上げました。その目線の先には、見渡す限り一面にふわふわと浮かぶ、わた雲そっくりの雲が。しかし、わた雲よりも小さく、何より数はこっちの方が断然多いです。
「あ、わた雲さんだ!」
「こんにちはー!」
「乱層雲さんもいる!」
「きょうはだいしゅうごうだぁー!」
みんなで一斉に集まっているので、イワシの模様のようです。「巻積雲」と言います。
「そういえば上の方で、すじ雲さん達が波に乗ってたよ!
「こう、ザブーンて!」
そう言って指す先には、なるほど確かに、遥か高いところで、まるで羽毛のような、白く輝いた雲が転々といます。風を上手く使って、自分の体を思うがままに操っています。「巻雲」です。輝いているのは、氷の粒ですね。
「ゴロゴロゴロ…!」
そんな唸り声のような、空気を揺らすような声が、突然響き渡りました。わた雲達はその音に驚き、逃げてしまいました。残ったのは乱層雲と、層積雲だけです。
「ひ、久しぶり…ですね…」
「去年ぶりぃ〜?いつにも増して気合入ってるねぇ〜」
そこに現れたのは、さっきまでの雲よりも何十倍も、何百倍も大きい、まるで入道のような雲、「積乱雲」てす。夏にだけ現れ、体の中に数万ボルト以上の電気を隠し持っている、少し強面の雲です。
「……久しぶり……である……御二人共……」
大きさ故か、その声は一つ一つ、空間を揺らし、ゴロゴロと音を響かせます。
しかし、乱層雲も層積雲も、焦りの顔ひとつ見せません。むしろ、乱層雲はさっきより少し嬉しそうです。
「……やはり……他は……帰ってしまわれたか……無念なり…」
そう言うと、彼の下では、いっそう雨の激しさを増します。積乱雲は大きく、一見すればとても怖いですが、とても繊細なのです。そのため、友達である乱層雲も、層積雲も、とても大切な存在と思っています。
「だ、大丈夫……ですよ……いつか、みんなきっと積乱雲さんをいい人って気づいてくれますよ…?」
「そうだよぉ〜、だから気にしなくていいんじゃない〜?強いて言うなら、静かに来てみたら〜?」
二人でそう助言をすると、積乱雲はもくっと頷きました。そして、ゆっくりと、海を渡って行きました。
後日、急に現れた積乱雲に対し、わた雲達がまたも驚いてしまったのは、別の話。
海の上は、今日も平和です。
9/24/2024, 12:00:49 PM