――この想いが報われる日は、きっと、
童話の中で美談として語られる人魚姫って、そんなに健気で優しい性格をしていただろうか。
健気というより好きなものにひたむきな印象がある。人間の世界に憧れてたくさんアイテムを集めて喜んでいる。推し活よりも研究者のような熱意を感じるのだ。
海の仲間に対してみせる優しさと人間に対する優しさは違う。分かり合える仲間に対する信頼があるから同じ目線で助け合える優しさがあるが、生き方も何もかもが未知の人間には恐る恐る指先で触れて過保護なまでの優しさで命まで投げ出している。
好きと愛してるの違いだよ、と言われたが僕にはそれが分からない。
水難事故だと説明された。
水難というのは間違ってはいないだろう。でもアレは事故ではなくて作為的なものだった。
今でも誰一人として亡骸一つ見つかっていない。船の残骸だけが岸壁に打ち上げられて、乗客も船員もその人らの所持品も存在を示す全ての物がなくなっていた。
あれから数年経って、花束を持って岸壁の上にきた。船に乗っていた人たちの関係者ではないが、あの日みた光景が忘れられなくて毎年ここにくる。
穏やかな水面が荒れ狂う大海の波のように変貌する、その瞬間をみた。怒りと悲しみに満ちた悲鳴のような歌声が船を岸壁へと誘った。大破した船に這い上がり亡骸を一つ一つ検分して海に投げ捨てていた。鞄を漁り、航海の道具を漁り、アクセサリーを身体中につけて海の中に消えた。波が器用に船と船以外のものをわけて、気がつけばそこには船しか残っていなかった。
たぶんアレは人魚だ。美談として語られるものではなく、命を奪う怪物としての本来の姿をした人魚。
たぶん僕も死ぬはずだった、あの目は僕を逃さないと言わんばかりに僕を見ていた。魅入られた。招かれた。いつまでも忘れられないようにした。その印はなくならない。
青く、深い、深海の色
光のない、闇が拡がる、海底の色
存在しない面影を探す愚かさ
――僕は、僕だけは、付き合ってあげるよ
【題:青く深く】
6/29/2025, 11:59:01 PM