あやや

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 つまらないことでも思い出になると、君は言った。多分それは都合のいい嘘で、恋人であるなら当然にあるべき嘘であった。
「別れましょう」
 その言葉は唐突に君の口から飛び出す。君にとってもちろんそれは唐突な話ではない。君は長い時間をかけてそれについて幾度も考えを巡らし、その言葉を僕に吐いたのだろう。それでも僕にとっては突然でしかない。それ以上でもそれ以下でもない。
 そしてそんな僕は、当然このように返してしまう。
「どうして」
 その言葉を咀嚼した君は嫌悪のような、気まずさのような、とにかくマイナスの何かを顔にうかべ、僕から目を逸らし、少し親指の爪を齧った。
「あなたがわからないのなら」
 齧っていた爪から口を離し彼女は続ける。爪には淡い水色とそれに合う同系色が敷き詰められ、さながら海のように美しかった。しかし僕はそれを、そんなものを齧って苦くないのだろうかとロマンスのかけらもなく思う。
 彼女は少し言葉に詰まっているようだった。迷い、口に出すか、どうしようかと。
「一生、それが続くんでしょうね」
 そして結局そう言った。

 それは、そう言った言葉はもう聞き飽きてしまった。僕にとってそれはもはや普遍ですらあり、いつだって別れにはその言葉があった。そしてその別れはあまりにも多く、語り切れるようなものではなかった。きっとその別れは彼女にとっては思い出にならない些事と化し、僕にとっても繰り返しの一つとして収束する。それはやはり都合のいい嘘でしかない。
 一生それが続くんでしょうね。
 僕は言葉を噛み締めた。咀嚼した。飲み込もうとし、飲み込めなかった。それを幾度もなく繰り返してきた。
 馬鹿なやつめ。

8/5/2023, 3:41:27 AM