『手放した時間』
指のあいだから
静かにこぼれ落ちていったものがある。
つかもうとすればするほど、
水のように形を変えて
逃げていく時間があった。
あのときの私には
何が大切で、
何がまだ守れたのか、
きっと見えていなかったのだろう。
過ぎていく瞬間ほど、
あとになって胸の奥で
ゆっくり光りだす。
思い出すたびに
少しだけ痛くて、
でも確かにあたたかい
不思議な灯火になって。
手放してしまった時間は
戻らない。
それは残酷で、
でも同時に優しい真実だ。
戻らないからこそ、
私たちは変われるのだと
どこかで知っているから。
あの頃の自分に
もう会えないとしても、
あの瞬間がなければ
今の私も、
この心の輪郭もなかった。
だから今日は
そっと目を閉じて、
手放した時間に
ありがとうを言ってみる。
もう二度と触れられないけれど、
それでも確かに
私の中で息をしている。
——消えたのではなく、
形を変えて
未来へ続く道の
静かな礎になったのだと
やっと思えるから。
11/23/2025, 8:36:01 PM