#💧 #🎴 #無気力系主人公 【お題、夏草】
日が真上に来た正午。同期の男に呼ばれて屋敷に向かっていた少女の足取りは重かった。どこかで聞いたことのあるような話を、弟や妹に言って聞かせるように延々と話すのだ。疲れが出てもおかしくない。寧ろ任務の時間を削ってここまで大人しく聞いていた自身は 堪えた方だと思うと少女は思っていた。
「澄実(すみ)。逃げてても埒明かねぇぞ」
重い息を吐いたその刹那、件の人は現れた。音もなく、目の前に。突然。少女は何となくこうなる気はしていたので大して驚きはしなかった。気配なしに現れるのは男の癖のようなもの。気にしたところで意味はない。ただ強いていうならば、とても邪魔である。
『…鬼殺の任務を逃げると表現するなら、鬼殺隊は逃げてばかりの組織だ。臆病者の集まりだね』
「大切な人を失う痛みを知ってる。だから死を恐れる。そんな臆病者だからこそ、命を懸けて誰かを助けられるんじゃねぇの。
逃げる=臆病者ってすぐに結びつける方が俺はどうかと思うね。あとそれ他の柱の前で言ったらタダじゃすまねーぞ、お前」
『臆病者には立ち向かう勇気なんてあるはずない。…殺したいなら殺しに来ればいい。私は止めない』
「お前なぁ……」
男との言い合いは大抵、向こうが折れることで決着がつく。諦めているのか否か、…時を見極めているのか。預かり知らぬところではあるが気にも止めない。どう思っていようが、その者の自由である。が、今日の男は存外しつこかった。
「竈門に言われてんだよ。てめぇを引き止めてほしいってな」
赤みがかった髪の少年が頭に浮かんだ。ここ最近、幾度か名前は耳にしたことがある。けれども会ったことはないはずだ。一度としても。あの少年の性格上、顔見知りになったら必ず距離を詰めてくる。だから少女はより一層気をつけていた。すれ違わぬように、任務が共になることがないように。厳重に心掛けていた。なのに、なぜ初対面の私を探している?
『……なぜ、私を?』
「訳までは俺も知らねぇ。それは直接本人に聞け」
もうそろそろ着く頃だろうしな。男の言葉を耳にした直後、鼻が匂いを掠めとった。お日様のような匂い。泣きたくなるほど優しくて、でもどこか力強い匂い。段々とそれは強くなる。まずい、まずい。近い、近づいてくる───っ。
「おっと。引けの姿勢が乱れてるぜ、元水柱サマ」
走り出す前に腕をグッと掴まれた。あぁ、どうしようどうしよう。掴まれたままでは姿を隠せない。このまま、だと。少年に見つかる──。
「ご協力ありがとうございます、宇髄さん。
──そして、漸くお会いできましたね。澄実さん」
振り向かなくても分かる。居る、そこに。彼が。この世界の中心となる、その人が。どうして会いたがっていたのかだとか、どうして名前を知っているんだとか聞きたいことは幾つかあった。けれどもそれよりも。
───夏草のような匂いのする少年だなと、思った。
*
会いたくなかった主人公くんとの対面。探していた理由を尋ねると、少女の同期と弟弟子が彼に喋ったらしかった。あまり関与しない想定で自由にしていたのが問題だったかな……と少女は一人反省するのだった。
【優しい彼からは夏草の匂いがした】
続く。
8/28/2025, 1:22:03 PM