結城斗永

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本日から7日間はお題とは関係なく、全7話の掌編小説を投稿します。
(1/22お題『タイムマシーン』から着想を得たものです)

※この物語はフィクションです。登場する人物および団体は、実在のものとは一切関係ありません。
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タイトル『過ぎ去った未来』第一話

 八十歳を迎える老人にとって、冬の冷たい風は命をも奪いかねない厳しい試練である。
 坂部真一は、ところどころ穴の開いたぼろぼろのコートを深めに着込み、都会の路地裏でうずくまっていた。

 この三十年で科学技術は大きく進歩した。パソコンや『エーアイ』と呼ばれるものは、人々の生活をどんどんと豊かにしていく。
 その一方で人間は怠けることを覚えた。自ら考えることをやめ、すべてをこの『エーアイ』とやらに頼る生活。それまで時間とお金をかけて生み出されていたものが、ほんの一瞬で生成される。なおかつそのクオリティも元より高いとなれば、当然ながら単価は下がっていく。なにも『エーアイ』で作られた物の単価だけが下がるわけではない。世の中は連動している。
 加えて、人口が減少していく情勢は、安い労働力を外から招き入れることでしか補うことはかなわず、世の中の賃金体系もそこに倣っていく。
 
 時代が進み、化学技術がどれだけ進歩しても、生きるために必要なコストは変わらないどころか、上がり続ける。数字を作れない者、道具を使いこなせない者、怠惰に生きる者らは、ことごとく社会から取り残されていく。
 家もなく、家族もなく、日々の食事も這うようにして探さなければならない。今の坂部は、そんな老いぼれとして今日という日をなんとか生きながらえていた。

 坂部は膝に顔をうずめながら、毎日のように過去への後悔を嘆き続けていた。
 あの時、ああしていれば、こうしていれば。思い当たる節はいくつもある。そのすべてが自らの怠惰からくるものだということも分かりきっている。しかし、それでも坂部は、あの『失われた三十年』がなければ、今よりもっとマシな生活ができていたのでは、と感じていた。
 坂部がまだ今よりも随分と若い頃、突然降って湧いたような身に余る大金は、自堕落に生きてきた男にとって天からの恵みに等しかった。
 それまで責任や信用という言葉とは無縁だった男は、その金をあっという間に使い果たし、突然現れた妻や子供からも見放され、一人虚しく負の連鎖に陥っていく他なかったのである。
 坂部は自分の身に起きた不可思議な現象を、今の今まで誰にも話さずに生きてきた。
 
 ――こんなウソみたいな話、誰も信じてはくれまい。
 
 時間が意味も持たずに気づけば流れているというのは、非常に恐ろしいものである。そして、その不可思議な三十年の空白が、坂部の人生を大きく狂わせたことは言うまでもない。

 坂部がふと顔を上げると、視線の先にぼんやりと明かりが灯っていた。
 とうとう神様がお迎えでもよこしたか。坂部は腰を上げ、光を目指して歩く。
 これは夢か幻か。

 あらかじめ言っておくが、この物語は常に過去に執着し、未来への選択を間違え続ける男の話である。
 間違えるのは己のせいか、この世界が悪いのか。それとも、自分とは異なる時空を生きる何者かの悪戯なのか。
 ただ一つ言えるのは、今の己を形作っているのは、過去の自分の生き方である、ということだ。 

  第二話に続く

※第二話は1/25に投稿します。

1/24/2026, 12:31:45 PM