白井墓守

Open App

『現実逃避』

現実逃避で世界を征服してみた。
国民全員に喜ばれたが、俺の顔は一向に晴れなかった。

……なんで、俺。異世界に居るの??

○○○

「貴方こそが、真の魔王様です!!」
「…………は?」

コンビニ帰りだった。
夜中、信号待ちの間に立っていたマンホールがいきなり紫色に光出し、魔方陣のような物が浮かんだと思うと急にマンホールが消えて、長い長い穴に落ち……気づくと城の中に居た。

目の前の人? を見る。
人間ではありえない、青がかった薄灰色の肌。鬼のように尖った二本の角、コウモリのような一対の翼。
人外じみた部分を除けば、豊かに実ったぱっつんぱっつんの露出の激しい胸部と、愛嬌のある顔、こちらに向けてキラキラ輝く瞳、メリハリのついたモデルみたいなナイスバディの娘さん。

「真の……魔王、とは?」
「聞いてください! 大変なんですよぉ!!」

娘さんの言うことには、ここは魔王軍率いる魔族の領地で、各国の暴君に魔族がしいたげられて、大変な目に合っているらしい。
俺は、それをフンフンと、上の空で聞きながら、昔を思い出していた。
……妹が居た。本当に昔の事だ。
サラリーマンとして会社に数年努めて、忙し過ぎて墓参りにも行けてやれていなかった。
俺が中学生に上がったばかりの頃、小学生4年生だった妹は死んだ。元々、体が病弱で病院に入院しており、覚悟はしていたが、本当に呆気なく死んでしまった。
俺が成人して直ぐ、両親も死んだ。高額な治療費を稼ぐため、頑張って働いていた事の無理がたたったのだ。

俺一人、独り身だ。
恋人も居ないし、友人も居ない。

……目の前の娘さんは、どこか妹に似ていた。
愛嬌ある笑顔のせいか、それとも妹も俺にいつもキラキラした眼差しを向けてきたからか。
いや、昔、妹と魔王ごっこを病院でよくしていたからかもしれない。

「いいよ」
「え」
「やるよ。うん……困っているんでしょ?」
「!! はい! とっても困ってるんです!!」

「なら、やる。出来るか分からないけど、それでも力を限りを尽くして——君を助けるよ、うん」

この娘さんは、俺の妹じゃない。
だって、俺の妹はもう死んでいるのだから。

これは現実逃避だ。
しかも世界を跨いで、自分の問題を棚に上げた現実逃避だ。

そんな事は分かっていたが、どうにも衝動が収まらなかった。
妹に似た、この娘さんのために、何かしたかった。

○○○

俺は気づいたら、世界を征服していた。
事の発端となった娘を、はじめとして、多くの魔族が俺に笑顔を向けている。

「魔王様! 本当にありがとうございます!!」
「お腹いっぱい食べられるように、なりました!」
「子供を安心して育てられるように、なりました」
「襲いかかってくる人間から守るために、囮で死ぬ魔族を決めなくてもよくなりました!」
「家族みんなで笑って食卓を囲めるように、なりました」

「本当に、本当に……ありがとうございます、魔王様」
「うん……別にたいしたことはしてないから、大丈夫だよ」

涙ぐんだ顔でこちらを向く娘さん。
俺は、どうにも現実感の無い気分でそう答えた。

……なんで、俺。異世界に居るんだろうか。

その時だった。
俺が立っていた場所、魔族のレリーフが描かれた床が紫色に光りだした。

「魔王様!!」
「なんか、また、呼ばれているみたい。じゃあ、幸せにね」
「!!……っはい! 必ず、必ず幸せになります!!」

大粒の涙を浮かべた笑顔を、一生懸命に目に焼き付けた。
これが報酬で良い。これで、良い。他に何もいらなかった。

……目を開ける。
そこに広がっていたのは……、

「ようこそ、お越しくださいました。勇者様!!」
「うん?」

娘さんが居た。
先程とは別の娘さんで、日本人にはありえないピンクの髪をしている。
……だが、どこか妹に似ていた。

「お願いです。この国では今、邪神の脅威に襲われていまして……どうか、あなたのお力が必要なのです!!」
「……うん、いいよ。俺に出来るか分からないけど、出来る限りを尽くして、君を幸せにするよ」
「!! 本当ですか!?」
「うん」

……どうやら、まだ、俺の現実逃避は続くらしい。
世界征服の次は、世界平和でも目指すかぁ。


おわり

2/27/2026, 11:25:11 PM